2021年5月に開催されたポジティブ・ビジネス・カンファレンスの参加レポートをお届けしています。このカンファレンスは、ミシガン大学のロス・スクール・オブビジネスが主催し、ポジティブ心理学・ポジティブ組織論をベースとしたさまざまな組織実践を学び合うことを目的としています。2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大、米国における社会的分断の顕在化、といった背景があり、「コネクション」をテーマに掲げて開催されました。
私と同僚の伊勢田麻衣子は、ポジティブ心理学・ポジティブ組織論に関連した組織事例を学ぶことを目的に参加してきました。参加レポートでは、私たちなりに、セッションを3つに分類してご紹介します。
① 人間中心(Human-centered)のアプローチ
② 危機を乗り越えるリーダーシップ
③ ダイバーシティ&インクルージョン
今回は、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)についてご紹介します。
「①人間中心のアプローチ」の記事でご紹介した通り、米国では社会の分断が大きな問題となっています。日本と比べればかなり多様性が高く、既にそれを強みにしていたと思われる米国。しかし近年、政治や人種、ジェンダーなどさまざまな側面で、分断を意識させる事件や報道を頻繁に目にします。そうした背景からか、D&Iも今回のカンファレンスの重要なテーマとなっていました。
インクルージョンの意味
ところで、GBGPではこれまでこのテーマを取り上げたことがありませんので、言葉の意味から確認をしておこうと思います。
「ダイバーシティ」については多様性と即座に思い浮かぶ方がほとんどと思いますが、「インクルージョン」はいかがでしょうか?
最近はカタカナでインクルーション、インクルーシブと目にすることが多くなった、Inclusiveという英単語。辞書的には「包摂的な、包含的な」という意味です。D&Iとして使われる際の分かりやすい定訳は個人的にはまだ無いと感じますが、私は「仲間外れにしない」「含んでいく」という意味に捉えています。その反対は「排除する」「周辺に追いやる」「無視する」という意味になります。
ここからはバージニア大学ローラ・モーガン・ロバート教授の「人種的に公正な職場を目指して」というセッションをご紹介します。「仲間外れにしない」「含んでいく」ということについて実践的な提言がなされました。
多様性 は組織を賢くする
さて、冒頭、ローラ教授は「多様性は組織を賢くする」としてある調査結果を紹介しました。
インクルーシブな文化を持つ企業は、そうではない企業と比べて
・財務目標を達成する可能性は2倍
・好業績組織になる可能性は3倍
・革新的でアジャイル な組織になる可能性は6倍
・より優れたビジネス成果を達成する可能性は8倍
(出典:The diversity and inclusion revolution Deloitte Review 22, January 2018)
インクルーシブな組織文化は、組織を賢くします。そしてこうした文化の醸成に、リーダーは重要な役割を担っています。リーダーがインクルーブなかかわりをしていると、部下は、公平に扱われ、尊重されていると受け止めます。また、帰属意識や心理的安全性 を感じ、よりいきいきと仕事に臨めます。このことは、チームのパフォーマンスを高め、意思決定の公平性、コラボレーションの向上につながります。
インクルーシブな文化を醸成する、三つの「H」とは
ローラ教授は、多様性、公平性、インクルージョン、そして正義を推進するための、三つのHで表される領域を紹介しました。頭Head、心Heart、そして手Hand、です。
HEAD(頭):気付く
社会や組織、自分の中にどのような偏見や排除が存在するかに気付く、知る
HEART(心):認める
多様性の価値を認める。特に、社会から疎外されてきた人々の可能性を認識し、そこに投資する
HAND(手):行動する
多様性、公平性、インクルージョン、正義を実現するための環境を整える
それぞれ、具体的な実践方法については後述します。
インクルーシブな社会とは、皆が参加できる持ち寄りパーティ―みたいなもの
ここで「私が好きなたとえはね」と、ローラ教授は持ち寄りパーティーの写真を見せてくれました。
持ち寄りパーティーでは、飲み物やサラダ、あるいはお花をそれぞれが持ち寄ります。持ち物ではないけれど、楽しい雰囲気づくりをするなど、全員がこのパーティーを心地よいものとするために何かしら関わっていると考えます。「あなたはたくさん持ってきたから、いっぱい食べてよいよ」「君はちょっとしか持ってきていないから、食べてよいのは一口だけ」ということにはなりません。持ってきた量や貢献度合いに関係なく、全員が食べられるのです。
しかし、残念ながら現在の社会には、パーティーの食卓を囲む機会が無い人、あってもちょっとしか食べられない人、貢献する機会すらない人がいます。 そうした人々のことを、マイノリティ(少数派)もしくは、周辺化された人々と呼びます。こうした人々の厳しい現実に、しっかりと目を向ける必要があると、ローラ教授は言います。
多様な文化が高業績に結び付くとか、偏見が無い公平な社会を目指したい、と思っていたとしても、インクルージョンの実践は非常に複雑で困難だとローラ教授は述べます。
では、インクルージョンの実践を難しくしているのはどのようなことでしょうか?ローラ教授は二つの本質的な問題を指摘しました。それは、「構造的な不平等」と「D&Iを阻害する思考パターン」 の存在です。
この二つについて、正しく「気づく(HEAD)」ことがまさに、先ほどご紹介した「インクルーシブな文化を醸成する3つのH」を実践する第一歩とも言えます。
まず、構造的な不平等とはなにか、考えてみましょう。
構造的な不平等と、それに対抗するために私たちが実践したいこと
ローラ教授は、黒人女性の就労状況に関する調査データを例に示しました。
黒人女性が就いている職業の上位には、 清掃、介護、カスタマーセンター、メイドやハウスキーピングなどがあり、これらは米国では相対的に低賃金な職業です。こうした職業は、白人女性が就く上位の職業から得られる平均的な収入とは大きな差があります 。そのため何世代にもわたって、黒人女性に代表されるような有色人種 の女性がしばしば介護や従属的な役割を担い、組織やキャリアの中で昇進する機会が少ないという構造を生み出しています。そしてマイノリティの立場に置かれている人たちは、小さい頃から人種や性別、その他属性に関わる否定的で排除するようなメッセージを直接的、間接的に受け取ります。このことは本人の職業選択、経済力、そして次世代などにも大きく影響します。
日々の積み重なりで成長を阻害するマイクロアグレッション
発する側に自覚が無いけれども、否定的で排除するようなメッセージのことをマイクロアグレッションと言います。マイクロアグレッションを浴び続けていると、否定的な自己イメージが強化され、成長の可能性が閉ざされていきます。
私たちが日常で意識したいマイクロバリデーション
そこでマイクロアグレッションに対抗するために私たちが心掛け実践できるのがマイクロバリデーションです。調べたのですがインクルーシブ同様、分かりやすい日本語訳が無いので、思い切って言葉を当てると、「良い言葉のシャワー」です。 「インクルーシブな文化を醸成する3つのH」 のうち「認める(HEART)」と「行動する(HEART)」に当たるものです。
例えば、
「あなたが~~のように成長したことを私は知っていますよ」
「あなたの言葉と行動が一致していて、あなたらしいと感じました」
「今のあなたの行動は私たちに深い気付きをもたらしてくれました。ありがとう」
など、その人がどのように徳のある行動をしたかを見つけて言葉にしたり、
最高の自分を引き出す手伝いをしたり、
自己価値を高められるような声掛けをしたりします。
人がつながりを感じ、自分が生き生きと活躍していると感じるためには、マイクロバリデーションの割合が多いことが重要です。その割合は実にマイクロアグレッションを1に対して、 マイクロバリデーションが3から5倍必要だということです。
ダイバーシティ&インクルージョンを阻害する三つの思考パターン
ローラ教授はまた、ダイバーシティ&インクルージョンを推進することを阻害する、代表的な思考パターン も3つ、紹介しました。
一つ目は、「自分は良い人。ここに差別は無い」という思考パターン
これは、日本に引き寄せて考えると、例えばこの記事の「人種的」とか「黒人女性」いう文字を見て、「日本にはアメリカ のような人種差別は無い。確かにひどいニュースは見聞きするけれど、自分は差別なんてしないよ」と瞬間的に判断することです。
こういった思考パターンにまずは気付くことが必要であると教授は述べます。気付かないままでいると、多様性の豊かさや構造的な不平等に目を向けるきっかけを逃してしまいます。
二つ目の思考パターンは、「例外探し」
「困難な環境にあっても成功している人がいる。彼らや彼女らが障害を克服したのだから、それができないのは個人の責任だ」と自助努力を求める語りです。
しかし先に紹介した通り、収入格差や格差を生む構造は世代を超えて引き継がれます。個人の問題だけに落とし込む ことは危険だと、教授は警報を鳴らしました。
三つ目の思考パターンは、「人よりも利益を優先する」
多様でインクルーシブな文化がパフォーマンスの高さに影響することが紹介されましたが、ローラ教授は、利益を目的にダイバーシティやインクルージョンを推進するという姿勢に疑問を呈します。目先の数字や利益が目的なのではなく、公平性や正義の実践の問題なのだと強調していました。
まずは組織の中で公平性について同僚と話し合ってみること。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大の状況にあってもリモートワークができる人とできない人との際に目を向けること。またエッセンシャルワーカーが直面している負担や責任について考えたりすること。 こうしたことが自分自身とお互いの、そして社会とのつながりを持つ一歩になるとローラ教授は指摘しました。
私たちの社会に目を向けてみると
ローラ教授のメッセージを受けて、私は、ここ日本での状況はどうなっているのだろうか、と考えてみました。身近に差別やマイクロアグレッションが存在していないでしょうか。
私は、北欧出身の同僚から聞いた話を思い出しました。
同僚は、「日本語、上手ですね」というコメントをされると、むしろ不快感を覚えるというのです。そうコメントをした人は、悪気はなくて、見るからに外国人の同僚が流ちょうな日本語を使うことをほめただけかもしれません。しかし「ほめる」という行動の裏には、「見た目が外国人の人は日本語を話せないはず」、「この人は自分たちとは違う人種だ。だから私たちが使う言葉は使えないはず」という思い込みがあるかもしれません。同僚からしてみると、ほめられることでかえってそこに壁を感じ、疎外されていると受け止めたのです。
こういう無意識の言動の中に、マイクロアグレッションが織り込まれている可能性があります。
これに限らず社会や組織の中にある構造的な不平等を知ること、差別に気付き認めること、認識のずれや違和感を言葉にし、対話すること、このようなことが社会をよりよい方へ変えていく一歩になるのではないか、と感じました。
西南学院大学にて文化人類学を学ぶ。外資系人材ビジネスに13年勤務した後、カリフォルニア大学アーバイン校留学を経て2013年株式会社ビジネスコンサルタントに中途入社。プログラム開発のための探索活動や、サステナビリティコンテンツや診断ツールの翻訳プロジェクトマネジメントを担当。プロセスワークを学び、アート・オブ・ホスティング&ハーベスティング実践者としてオンライン・オフラインでの対話の場のサポートを行っている。