2021年5月に開催されたポジティブ・ビジネス・カンファレンスの参加レポートをお届けしています。このカンファレンスは、ミシガン大学のロス・スクール・オブビジネスが主催し、ポジティブ心理学・ポジティブ組織論をベースとしたさまざまな組織実践を学び合うことを目的としています。2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大、米国における社会的分断の顕在化、といった背景があり、「コネクション」をテーマに掲げて開催されました。

私、山田と同僚の伊勢田との参加目的は、ポジティブ心理学・ポジティブ組織論に関連した組織事例を学ぶことです。参加レポートでは、私たちなりにセッションを3つに分けてご紹介します。

今回は、第2回目として危機を乗り越えるリーダーシップについてご紹介します。

新型コロナウイルスと私たちの社会との闘いは、それが始まったときには予想し得なかった長期化をしています。まだその渦中にある私たちですが、リーダーシップや組織づくりの観点からはどのようなことを振り返り、今後に生かすべきなのでしょうか。そのヒントとなるセッションを今回の記事ではご紹介します。

コロナ禍を乗り越える組織力につながった、リーダーシップの特徴とは

カンファレンスの基調講演に登壇したのが、マスコ社のCEOキース・アーマン氏です。セッションタイトルは「リーダーシップの新たなレンズ:困難な1年で学んだこと」。

マスコ社は従業員数 18,000人、内装用建材メーカーとして30を超えるブランドを有し、グローバルに事業展開しています。同社のパーパスは「Delivering Better Life Possibilities:人々のよりよい暮らしをかなえる」。製品を通じた快適な暮らしを実現することだけではなく、コミュニティへの貢献にも力を入れ、従業員にとってマスコ社で働くことが人生の充実につながることを大切にしています。

アーマン氏は、1998年からマスコ社のグループ会社でキャリアを重ね、2015年よりグループのCEOを務めています。アーマン氏はカンファレンスを主宰するロス・スクール・オブ・ビジネスの卒業生で、センスメイキング論で知られるカール・ワイク博士の授業が好きだったそうです。センスメイキング論とは、先行きが不透明・不確実な事業環境において、リーダーがどのように状況を定義づけ、メンバーの理解・納得を導き、組織に明確な方向性を与えて、動かすべきかについてのフレームワークです。

前例のない危機のとき、リーダーが発信すべきはガードレールとなる価値観

アーマン氏は、新型コロナウイルスの感染拡大という経営のかじ取りの難しい局面においても、以前から進めてきた人間中心のリーダーシップ・アプローチのおかげで、経営の危機を乗り越えることができたと言います。

「コロナ禍は、不確実で不明瞭なデータしか入ってこない、どのようにしたらよいか分からない、非常にハイリスクな状況でした」と振り返ったアーマン氏。いつ、自分たちの従業員が死んでしまうかもしれない、会社の先行きはどのようになるのか。そうした大きな不安を抱えながらも、CEOとして各事業を任せるリーダーに発したのは、次のシンプルなメッセージでした。

「私には答えは無い、君たちに任せる。ただしこの三つを忘れないでほしい。1に従業員の健康、2に会社の存続、3にスピード」

アーマン氏はコロナ以前から、脱中心化した組織づくりを進めてきました。つまりCEOである自らが何でも意思決定するのではなく、各事業はそれぞれのトップに任せる組織運営にしてきたそうです。そのため「正しいマインドセットを持つ相手に任せている」とリーダーたちを信じることができ、非常時にもかかわらず、心の平穏を保つことすらも可能だったと言います。アーマン氏自身は、リーダーたちにとってアンカー、もしくはガードレールとなるような価値観を示し、具体的な判断や行動は彼らに任せること、それに徹しました

こうしたことはもちろん、危機のときに突然できるようになることではありませんね。アーマン氏はかねてより、企業の成功において重要なのは、リーダーシップ開発と文化の二つだ と考え、注力してきました 。脱中心化した組織づくりをするというのは、リーダーたちに、自分で責任を持ってリーダーシップを発揮する場を与えてきたということです。

企業の成功のためには、リーダーシップ開発と文化の醸成に同時に取り組む

続いてアーマン氏は、マスコ社におけるリーダーシップと文化のつながりについても語りました。

マスコ社において、リーダーの重要な役割とは、「職場におけるメンバーの自己決定・セルフマネジメントを促進すること」です。これを実現するためには、リーダーがメンバー一人一人にどのように関わるかということだけでなく、組織で共有される考え方や文化も重要です。そのために、互いを信頼すること、互いに開放的に接すること、共感に基づくコミュニケーションを大切にしているということです。

マスコ社では、社員のウェルビーイングも大切にしています。「Human Library:人間の図書館」という取り組みでは、トップも社員も一緒になって本を読み、感想を語り合い、自分たちが大切にすべき価値観を確認し合っています。

「最善の私たちであることが、競争力につながる」というアーマン氏のメッセージに、長年自社の人材と文化を育むことに力を注いできたリーダーとしての強い信念を感じました

コロナ禍からニューノーマルに向かう今、組織のリーダーがケアすべきこととは

本カンファレンスが開催された2021年5月時点では、米国は新型コロナウイルスワクチン接種で世界を先行し、経済活動を本格的に活発化させようとしているタイミングでした。

「新たなフェーズへ進むに当たって」と題されたセッションで、ミシガン大学のモレラ・ヘルナンデス博士は、「私たちはあまりに長きにわたって危機状態に置かれてきました。今、社会が変化するタイミングでは、経営幹部がケアすべきことがあると感じています」と語り始めました。

ヘルナンデス博士の専門は組織心理学で、経営倫理やダイバーシティ&インクルージョン等が研究テーマです。主要な学術誌で論文が掲載されている 、若手の気鋭の研究者であり、企業・政府機関・非営利組織のリーダー育成にも数多く携わり、組織の実情に通じている方です。

変化に直面する組織の状況を捉えるための「場の理論」とは

博士がセッションの始め、参考にと提示したのが「場の理論」です。 これは、社会心理学者で、組織開発の礎を築いたクルト・レヴィンが提唱した考え方で、今の状況に対して変化を起こすためには、推進力を高めるだけではなく、規制力を取り除くことも重要だという考え方です。

場の理論

例えば、米国社会を見ると企業活動を活発化するため、従業員の出勤を促そうという動きがあります。そして、その際、ワクチン接種を義務化する会社もあります。場の理論で考えると、これは「人々をオフィスに戻す」ための推進力を高める取り組みです。しかし、ヘルナンデス教授は、私たちが危機の状態を脱して新たなフェーズへとうまく移行するためには、こうした推進力を高める施策よりもリーダーが気を配るべきことがあると訴えます。それが規制力を排除すること。そしてこの規制力を考えるに当たってのポイントは、「抵抗要因は人によって違う」ということです

ヘルナンデス博士は次のような例を紹介していました。

・仕事や役割が変わることへの懸念。コロナ禍では、急激な仕事の変化を受け入れたものの、再び変わることには抵抗感がある。
・出勤すると、上司の直接的な管理など、独立性や自律性が失われると感じる
・通勤すると交通費、ランチ代、クリーニング代など出費がかさむ
・在宅ならできていた子供や家族のケアができなくなる、代替サービスを探さなくてはならない、生活スタイルを変えなければならない

多くの人が、新型コロナウイルスの急激な感染拡大に伴って、働き方、ライフスタイルを変化させ、順応しようと努力してきました。今再びオフィスに出勤することは単純に以前の状態に戻すだけのこと、と考えられるかもしれません。しかし実際には、上記のような規制力が働くのです。ヘルナンデス博士は、このことを理解した上で 、さらにリーダーがすべきことを四つ提案しています。

①迷いをなくすために、タイムリーな意思決定をする
②職場で働くとはどのようなことかを、新たにとらえ直す
③相手を理解していることを伝える。少なくとも理解しようとしていること、そして自分が何を知らないかを率直に話す
④やるべきことを増やすのではなく、何をなくせるかに注目し、ノイズを減らす努力をする

このうち、ヘルナンデス博士が特に強調していたのが④なくせること、やめられることを探す、という点でした。

日本でも、これからwithコロナの社会として経済活動・事業活動を活発化していくに当たっては、職場で働く人たちの不安や懸念に耳を傾け、障害を取り除く努力が欠かせません。


今回の記事では、コロナ禍から得られた、リーダーシップや組織運営に関する学びをご紹介しました。アーマン氏やヘルナンデス博士のメッセージには、前回の記事でご紹介した、人間中心のアプローチに通じるものがあると私は感じました。

次回の記事では、ダイバーシティ&インクルージョンのセッションをご紹介します。

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