去る2021年5月13~14日、ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスが主催するポジティブ・ビジネス・カンファレンスに参加しました。このカンファレンスは、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大でお休みだったために2年ぶり、かつ初の完全オンラインでの実施でした。
ロス・スクール・オブ・ビジネスというのは、GBGPでご紹介済みのポジティブ・リーダーシップの提唱者であるキム・キャメロン博士が所属する大学院です。私、山田と同僚の伊勢田の今回の参加目的は、ポジティブ心理学やポジティブ組織論に関連した組織事例を学ぶことです。


【ポジティブ・ビジネス・カンファレンス】
• 日程 2021年5月13~14日両日とも10:00~15:00
• 完全オンライン、ライブ配信、ほぼ全てのセッションが録画あり
• 合計8時間のカンファレンスで、20名ほどのスピーカーが登壇。研究者は多くがミシガン大学の所属、その他に経営トップやHR関係者、コンサルタントなど。
• 参加者約500名(ミシガンの関係者・学生、研究者、コンサルタント、実務家など)、開催中は常時300名ほどが参加

カンファレンステーマ「コネクション(つながり)」に込められた意味

カンファレンスの全体テーマは、「コネクション(つながり)」です。ここにはどのような意味が込められているのでしょうか。
新型コロナウイルスの感染拡大以降、多くの人が人と人のつながりに大きな制限と変化を感じています。生活や仕事の制限は、誰にとっても大きな試練です。私たちはストレスを感じ、人によっては無意識に感情を抑えて、こうした生活が続くことで、もしかすると自分自身とのつながりさえも阻害されているかもしれません。さらに米国では、2020年の#MeToo運動に象徴されるジェンダー問題、新型コロナウイルスによるアジア人差別、さらに警察官による黒人市民の殺害事件に端を発したブラック・ライブズ・マター運動、政権の交代など、社会の分断が顕在化しています。このコネクションというテーマには、私と私、私とあなた、私と組織、私と社会とのつながり、という重層的な意味合いが込められていました。

このテーマ設定を受けて、カンファレンスでは、ほとんどの登壇者が、現在の社会状況を捉えて問題提起し、自分の研究や取り組みがどのように関係しているか、自分はどのような視点を持っているのか、具体的にどのようなアクションをしているかといったことが多く話されていました。

筆者らは、大きく三つのテーマに、セッションを分けてみました。
① 人間中心(Human-centered)のアプローチ
② 危機におけるリーダーシップ
③ ダイバーシティ&インクルージョン

このうち、本記事では人間中心のアプローチについてご紹介します(②③は次回以降のご案内です)。

人間中心のアプローチとは

人間中心のアプローチというのは、主にデザイン思考やUX(ユーザーエクスペリエンス)などの領域で使われる言葉ですが、最近は組織運営に関しても使われるようになっています。ここでは、組織運営に当たって、一律の仕組みで社員を管理するのではなく、多様な社員が抱く個別のニーズに耳を傾け、個々人のパフォーマンス向上につながるように組織の構造や仕組みをデザインしようといった意味で捉えています

例えば、戦略人事で知られるデイビッド・ウルリッチ博士のセッションテーマは、「パーソナライゼーション(個別化)」でした。学習の領域では既に言われていることですが、ウルリッチ博士が強調していたのは、働き方や日常のマネジメントにおけるパーソナライゼーションです。組織のルールや都合に個人が合わせるのではない、個々人の個別のニーズや事情すらも踏まえていく必要性が強調されていました。

以下では、この人間中心のアプローチに関して、カンファレンスから二つのセッションを取り上げます。

シスコシステムズ社の好業績リーダーが実践する、強みを発揮するスペースづくりとは

まずご紹介するのはシスコシステムズ社の取り組みです。登壇した同社のシニアバイスプレジデント、アシュリー・グッダール氏は、働く人々のそれぞれ個別の強みを生かすことにつき、熱く語りました。セッションテーマは、「Turning the People stuff inside out:人材をひっくり返す」。グッダール氏は、マーカス・バッキンガム氏と共著で『仕事に関する9つのウソ』を出版していることでも知られています。

調査によると、シスコシステムズでは、高いパフォーマンスを出すチームに備わる特徴の一つは、「メンバーが頻繁に“自分の強みを発揮している”という感覚を持っていること」です。
そのため同社においてリーダーの大事な仕事は、「メンバーがその人に固有の強みを発揮できるようサポートすること」と考えられています。このことを、グッダール氏は「スペースをつくる」と表現しました。
メンバーがユニークさを発揮するスペースをつくるために、リーダーはメンバーについて、まず二つのことを知らなければなりません。それは、「活力の源」と「強み」です。

① 「活力の源」を知るための質問の仕方

活力の源を知るためには、チェックインやその他の部下との会話において、次のようなことを尋ねてみましょう。
「あなたは何に元気づけられますか?」
「どんなときに、フロー状態になりますか?」
「アイデアが生まれるのはどんなときですか?」
「今週、とても気分が高揚したこと、あるいは逆に気分が落ち込んだ出来事は何?」
こうして、メンバーの活力の源が分かれば、リーダーとしてはそれをさらに満たす機会を増やし、消耗につながる要因を減らすことに注力します。
そして何か新しい仕事が始まるときには、次のような会話も効果的です。
「ここ数日で行う仕事は何ですか?」
「その中であなたが楽しみにしていることは何で、嫌だと思うことは何ですか?」
「あなたが最高の力を発揮できるような仕事の進め方をするには、どうしたらよいでしょうか?」

② 「強み」は動詞で考えてみる

そしてグッダール氏によると、強みを捉えるときのポイントは、「強みを名詞としてではなく、動詞として考える」ということです。少し聞きなれない指摘ですね。強みといえば「粘り強さ」「誠実さ」など名詞で表現しがちです。でも、グッダール氏は、次のように語りました。「強みは才能のように、自分が得意なことの最終状態を表すものではありません。それらは皆、進行中の仕事の中にあります。強みを行動の強みとして考え、時間をかけて成長していくものと捉えてみませんか」
「強みはチームや組織のレベルにまで高めることができます。このチームは今どのような姿なのか、チームの強みは何なのか、強みを発揮している会社とはどのような姿をしているのか。このように問うことで人々が持つ最高のものを引き出し、人々がエネルギーを最大限に発揮することを支援できるのです」と同氏は語りました。

IDEO社、クリエイティブな文化のカギは「必要なときに助けを求める」

次は「必要なときに助けを求めよう」いうセッションから、IDEO社の取り組みを紹介します。
IDEO社といえば、デザイン思考を世に知らしめた、クリエイティブな組織として有名です。今回登壇したのはヘザー・クーリエ・ハント氏。同社のエグゼクティブ・タレント・ディレクター兼グローバル・リーダーシップ兼ディベロップメント部門責任者です。セッションは、ウェイン・ベーカー博士とのやりとりで進みました。ベーカー博士は、ロス・スクール・オブ・ビジネスのポジティブ組織論センターのファカルティー・ディレクターです。

IDEOにはクリエイティビティを発揮するためのさまざまなツール、フレームワークがあります。しかし、ツールがあり、それを使いこなせれば成果が上がる、などと単純なものではないことは、誰もが分かっていることです。IDEOも、成果をもたらす独自の文化を育むことに力を注いでいます。
文化というと抽象的ですが、同社のそれは「必要なときに必要なものを欲しいと周囲に知らせる」という具体的な行動そのものです。
ウェルビーイング、関係性、パフォーマンス、全ては助けを求めることから始まる。それを支えるのは「寛容さ」だと同社は考えています。その寛容さの文化を育むためになされている同社の実践から、三つの洞察が得られたとベーカー博士は言います。

① リーダーから積極的に尋ねる

組織の中で行われる支援の70~90%は、本人からの要請によって行われます。逆に言うと、本人から「それが必要だ」と言わない限り、必要な支援がなされることはかなり少ないということです。
IDEOでは、寛容さの文化を育むカギとして、人々が「こんなサポートが必要だ」「こういうリソースが欲しい」ということを発信することを積極的に促しています。
しかし、自分が必要な助けを申し出ることは、簡単なことではありません。自分ができないこと、知らないことを、組織や職場で知られてしまうのは、弱みを見せることであり、傷つくことだからです。
IDEOには、自分が必要な助けを発信するための社内SNSがあります。そこではリーダー自らが、自分が必要なリソースや知識を求めて積極的に発信をします。「ここではこのように振る舞うのだ」と自らの行動で一貫して示すことで、人々が質問する、助けを求める際に感じる障壁を下げようとしています。

② ゲームのルールにして、全員参加を促す

「全員が求める」と共通のルールが規定されていれば、必要なものを求めることは容易になります。
自分だけがリソースを求めるとしたら、人はちゅうちょします。しかし、誰もが、むしろ積極的に何かを周囲に頼んでよいという職場のルールがあればどのようになるでしょうか?皆がより心理的に安全な状態で、自分が必要とする助けを求めることができます。

③ ゲームのルールに従って、まず活動してみる

IDEOでは、最初からうまくいくかどうかの結果にとらわれたりはしません。実践にエンゲージしてみることが先。それが大事だと頭で理解するのではなく、「求める」「受け取る」の経験をするからこそ、それが重要で、パフォーマンスにつながるものだという信念を築けるのだ、と考えています。例えば同社がよく行うブレーンストーミングも、初めての参加者からは「こんなのうまくいかない」という反応が出ることはしばしばあるのだそうです。でも、まずはやってみてもらう。すると、行動してみた本人が、その経験を通じてブレーンストーミングという思考のツールの価値に気付いてくれます。
ゲームのルールに従って人々に新しい行動をしてもらい、うまくいくことを発見し、その経験によって価値観が新たになる。実践第一主義のやり方です。

IDEO社の組織的な学びの場、「フライト(flight)」とは

上記のようにIDEOでは、個人のパフォーマンスを高めるために、自ら支援を求める行動を積極的に促しています。一方で、「組織もまた、個人からの支援を必要としています」とヘザー氏は強調しました。それは、さまざまなプロジェクトの経験で個人が得た知見を組織に還元してもらうことです。
そこでIDEOでは、「フライト」と呼んでプロジェクトの最初・途中・終了後に振り返りの時間をつくるのだそうです。

プレ・フライト これからプロジェクトを進めるに当たっての懸念点や障害を確認する
ミッド・フライト プロジェクトが計画通りの進捗であるかを確認し、必要な変更を判断する
ポスト・フライト 何がうまくいき、何がうまくいかなかったかを振り返る

例えば、顧客とともに海外で6週間のリサーチを行うというプロジェクトのプレ・フライトでは、あるメンバーが「長時間顧客と対面で接するのは精神的に疲弊する。適度な休息、人との距離を取る時間が必要である」といったことをオープンに打ち明けます。それにより、本人はもちろん、他のメンバーも不必要にネガティブな感情を抱くことなく、適切な休息を取り入れ、皆が順調にプロジェクトを進めることができます。
ベーカー教授もまた、このフライトという仕組みに着目し、「私たちは日常生活で、すぐに次のことに走ってしまいがちです。難しいことではあるけれども、一時停止して、このチームに存在する貴重な学びを集めることができなければ、同じ失敗を繰り返すという運命から逃れることはできません」とメッセージを付け加えました。


今回の記事では、組織運営における人間中心のアプローチをご紹介しました。GBGPで以前からご紹介している「ポジティブ・リーダーシップ」と、同様の文脈にあるものです。これからのマネジャーの役割は、ポジティブな職場の風土をつくり、多様性あるメンバーが自分の強みを発揮して、パフォーマンスの向上に集中できる環境をつくることにあると、シスコシステムズやIDEOの取り組みは教えてくれています。

次回は、「危機におけるリーダーシップ」について語られたセッションをご紹介します。

eBookポジティブリーダーシップダウンロードはこちらから