前回の記事では、ウェルビーイングを測るための指標を自分たち独自で作ることの意義、そしてワークショップの準備についてご紹介しました。今回の記事では、自分たちのウェルビーイングをどのように捉えれば、自組織におけるウェルビーイングの満たされ方に気付けるのか、指標づくりの理論編をお届けします。


「自分たちのウェルビーイング」を測るには何から始めたらよいのでしょうか。

ここでは、二つのフレームワークが役に立ちます。まず、ウェルビーイングの中身や決め方についてはチリの経済学者 マックス・ニーフが実施したニーズ論を参照します。そして、指標の検討領域はブータンのGNHの実践を足掛かりに考えることとしました。

マックス・ニーフが提唱、時代・場所を超えて普遍的、9つの「人間の基本的なニーズ」

マックス・ニーフの取り組みの土台にあるのは「人間の基本的なニーズ」という考え方です。その心は2つ。

その1)人々の「クオリティ・オブ・ライフ*」は人間の基本的なニーズを満たすために持っている可能性に左右される。
*ライフはいのち、人生、生活、くらしという意味です。
その2)人間には基本的なニーズが9つある。生存、保護、愛情、理解、参加、怠惰、創造、アイデンティティ、自由の9つです。
生存:生きたい、生かしたい
保護:安全でいたい、守られたい、守りたい
愛情:愛したい、愛してほしい
理解:分かりたい、分かってほしい
参加:参加したい、だれかと一緒に何かしたい
怠惰:怠けたい、ぼーとしたい 余暇を楽しみたい
創造:いろいろ工夫したい、創り出したい
アイデンティティ:自分ってこうだ、自分らしくありたい
自由:縛られず、自由でいさせて

私たち人間は9つの基本的なニーズを持っていて、それらが満たされているか、今満たされていなくてもきっと満たせると思えるかどうかがクオリティ・オブ・ライフに影響します。そして時代や場所が変わっても9つは普遍的で、異なるのは充足手段(satisfier サティスファイヤー)だけだと考えます。

マックス・ニーフは市民参加型のワークショップを開催して、自分たちのクオリティ・オブ・ライフを高めてくれるような充足手段とは何かを対話する場を設けました。

ウェルビーイング指標づくりには、ニーズを満たしてくれる充足手段は何か、対話しながら進めるというやり方を取り入れています。
これは、前回の記事で宮崎産業経営大学経営学部准教授の出山さんから教えて頂いた2つのポイントに応えるものです。

「指標の設計主体」・・一体だれが作成した指標なのか。合意されているのか。

「操作性」・・指標が活かされるような使いやすさはあるか。

豊かさについての捉え方を変える、経済財・充足手段・ニーズの関係とは

ニーズと充足手段(サティスファイヤー)の関係をもう少しひも解きます。(お読み頂いている方の「理解」のニーズを満たそうとしています!)

この世の中にはたくさんの製品やサービスがあります。車、ホテルでの優雅なひと時、洋服、家電製品、など。例えばわたしたちは、車という製品を使って次のようなニーズを満たしています。

・車を運転して、移動することで 自由というニーズを満たす

・車のなかで、うたたねすることで、怠惰のニーズを満たす

・車そのものを、カスタマイズすることで、創造のニーズを満たす

といった具合に。

マックス・ニーフはあらゆる製品やサービス(経済財と言います)とニーズの間に充足手段という考え方を挟みました。「移動」「うたた寝」「カスタマイズ」などが充足手段にあたります。

経済財と充足手段、ニーズの関係

この考え方は、豊かさについての捉え方を変える可能性を持っています。

従来の貧困の考え方は、ある一定の所得水準以下に分類される人々の逼迫した状況だけに着目していたため、限界がありました。この概念は厳密に言えば経済寄りの概念です。しかし現実には、ある一定の所得水準以下に分類される人々にも幸せに生きている人はいるのですから、貧困を所得だけで判断することはできません。本当の意味の貧困とは、ニーズが満たされないことを言うのです。たくさんのものを買えるから幸せ、ということではない、とも捉えることができます。

(マックス・ニーフ ていねいな発展より引用)

私たちに必要なのは、経済財がたくさんあることではなく、ニーズを満たす手段が豊かであること

マックス・ニーフの考え方に従うならば、わたしたちに必要なのは経済財そのものではなく、ニーズを満たす手段であり、その手段が豊かであることです。

例えば、怠惰のニーズを満たすための方法はいろいろありますね?

・川辺を歩く

・ドラマや動画を見る

・一瞬窓の外を見てぼーっとする

・飴玉を頬張る

などなど

充足手段の幅が広いほど、AがだめでもBという風にニーズを満たせる可能性が高まります。

視点を変えて、充足手段の側からニーズを見てみます。

わたしにとって「料理すること」は複数のニーズを満たしてくれる充足手段です。

台所で気ままに時間を過ごし(自由)、冷蔵庫を覗き込んで何を作ろうか考え(創造)、好きなものをわざわざ自分のために作ってあげる(愛情)、作った食事を食べることで身体を健やかに保つ(生存)などたくさん。

料理をするという充足手段が満たす複数のニーズ

このように、一つの充足手段で複数のニーズを満たせると、一石二鳥どころか一石四鳥くらいあって、わたしのクオリティ・オブ・ライフはぐんと上がります。複数のニーズを満たす充足手段(サティスファイヤー)のことをスーパーサティスファイヤーと呼んでいます

”わたしにとって” と書きましたが人によってニーズの満たし方はさまざま。わたしとあなたのニーズの満たし方は違います。一見「あの人何やってるんだろう・・変なの」と感じたとしてもそれはその人なりに何かのニーズを満たそうとしているのかもしれません。

ウェルビーイングの指標づくりとは、自分たちなりのニーズの充足手段を探求すること

ウェルビーイングの指標づくりとは、組織の仲間と対話しながら、自分たちなりの充足手段を見いだしたり、より多くの二ーズを満たす充足手段(スーパーサティスファイヤー)を探究することで、組織のクオリティ・オブ・ライフを高めることを目指す取り組みです。この充足手段は、それが将来実現されそうだ、ということでも価値があります。すなわち、指標づくりを通して、関わった個人やチーム組織のウェルビーイングも高くなる可能性があるというわけです。

あなたにとってのスーパーサティスファイヤーは何ですか?組織にとってのスーパーサティスファイヤーは何でしょうか?それはあなたの日常や組織の施策に反映してみたらどんなことが起きそう?

考えてみるとワクワクしませんか?

GNHに学ぶ指標の検討領域 9つ

ウェルビーイングの指標を活用している先駆的な取り組みとしてブータンのGNH(国民総幸福量)が有名です。GNHの指数は、金銭的尺度より一層的確に、そして深くブータン人の幸福と総合的な福祉を反映するために作られました。

GNHには9つの領域があります。

  1. 心理的な幸福
  2. 健康
  3. 時間の使い方
  4. 教育
  5. 生活水準
  6. ガバナンスの質
  7. 文化の多様性と回復力
  8. 地域コミュニティの活力
  9. 自然環境の多様性と回復力

これをビジネスの領域に活用したGNH for Businessを参照して、ウェルビーイング指標づくりワークショップでは検討領域を以下の9つとしました。

指標の検討領域

時間割に当てはめるとこのようになります。

ワークショップの進め方_2

さて、ウェルビーイング指標づくりの理論編はここまで。次回の記事では、具体的なワークショップの進め方、そして成果についてお伝えします。

(参考文献)

Proposed GNH of Business, Tshoki Zangmo, Karma Wangdi and Jigme Phuntsho, Centre for Bhutan Studies & GNH 2017

「地方自治体における参加型幸せ指標づくりの試み」-高鍋町の事例を通して-出山実,宮崎産業経営大学 経営学論集 第30巻 第1号(通巻第48号), 宮崎産業経営大学経営学会、令和3年3月


マックス・ニーフについてもっと読んでみたい方は、こちらの記事もおすすめです。


【組織のウェルビーイング向上のための指標づくり実践事例シリーズ】

①なぜ自分たちでつくるのか
②ウェルビーイングを満たす要素の見つけ方
③ワークショップの進め方と成果

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