鳥取県智頭町で、事業活動をすればするほど地域環境が良くなることを目指すタルマーリーを経営する、渡邉格さんのお話をご紹介するシリーズ、3回目をお届けします。
第1回 田舎のパン屋タルマーリーが起こしたパンづくりイノベーション、カギは気ままな野生の菌
第2回  鳥取県智頭町ですすむ、パンを起点にした地域の循環型経済づくり

渡邉さんのお話の端々に、「おいしさは狙わない」とか「まずいものを作っています」など、「本当にパン屋さんですか…?」と思ってしまうフレーズが次々飛び出します。たしかに渡邉さんは30歳でパン職人になりたいと一念発起し、修業をしてパン屋を開業されています。千葉、岡山県勝山、そして現在の鳥取県智頭町と移転を重ね、目指されているのは、地域内循環を確立し、今の社会や経済の仕組みがもたらす弊害を乗り越えていくような事業づくりです。渡邉さんが世の中に提供したい価値は、食べ物としてのパンの枠には全く収まりきりません。

飄々として、穏やかで、力みなんて少しも感じさせない渡邉さんですが、今の経済や社会のシステムに対し鋭い問題意識をお持ちです。しかし、渡邉さんは攻撃的に批判の矛先を向けるようなやり方はされません。タルマーリーの事業を、理想の形に向けてじっくり育てること、そして、批判ではなく新しい物語を紡ぐことで、多くの人が問題意識を持ち、行動を変えることを促そうとされています

物語の力

渡邉さんが紹介してくださったさまざまな本の一つ『サピエンス全史』(河出書房新社)。著者のユヴァル・ノア・ハラリは、生物としては決して強いとは言えなかった人間(ホモ・サピエンス)が地球の食物連鎖の頂点に立ち、社会を築く原動力となったのは、人間だけが持つ「虚構=物語を信じる力」だと言っています。その虚構の最たるものが貨幣。貨幣が規定する価値が、資本主義経済をかたづくってきており、私たちはその物語を意識せずとも内面化しています。

だからこそ渡邉さんは、新しい物語を作り、語ることが必要だと考えているのです。

二つのキーワード、画一化と多様性

渡邉さんが今の社会や経済を物語るキーワードは画一化と多様性。第1回目で少しご紹介しましたが、渡邉さんの視点では日本のパンの市場は画一化が進み、「パンを買う驚きや喜び」が薄れているのだそうです。タルマーリーは、自分たちを「どこのお店もはずれのないおいしさを提供している、つまり味の画一化が進んでいるパンの市場に、おいしくないパンを投入して、市場に多様性を生み出すことをやっているパン屋である」と自己分析しています。

なぜ渡邉さんは画一化を問題視するのでしょうか?渡邉さんのお話からひも解くと、それは行き過ぎた効率主義や資本主義を象徴する事象であり、その弊害として環境問題や、働く人たちの権利や生活の質が守られないという問題を引き起こしています。農業における行き過ぎた画一化・効率化の例として、次のようなものがあります。

・バイオメジャーと呼ばれる一握りの種苗メーカーによる、作物の品種の独占
・強力な除草剤とセットで販売される遺伝子組み換えの作物。世界各地で、この除草剤による健康被害が報告され、訴訟が起きている。
・なお、この農薬は、日本では販売が認められており、ホームセンターで誰でも購入できてしまう。

こうした事象は、地球環境の劣化を招くとともに、私たちの健康や人間らしい生き方を脅かす可能性があるものだと、渡邉さんは指摘します。

日本のビール業界で起こっていた画一化の弊害とは

「おいしくないものを作って、お客さんを驚かせ、市場に多様性をもたらす」の商品開発は、パンの次のタルマーリーの商品、ビールづくりでも徹底されています。タルマーリーでは、パンづくりに最適なビール酵母が得られるということで、自らビールの醸造も行っています。そして渡邉さんは、ここでも画一化の弊害を見出しています。

ご存じの通り、日本のビール業界は永らく3~5社で寡占の状態が続きました。歴史をひも解くと、1901年の酒税法改正で、その前まで100社ほどあったビール会社が合併させられています。その体制は93年間続きました。渡邉さんは「この90年間に、業界の価値観、つくる人・売る人・買う人の価値観がおいしいビールはピルスナーだけと画一化した」とみています。「90年の間に1種類のビールしかできなかったというのは相当面白い話で、パンで言うとバゲットしかなかった、という話です」

ビールを醸造するタンクが所狭しと並ぶ工房

1994年以降の法改正で、一時400社までビール会社は増えたものの、半数がうまくいかずに撤退、現在2018年の法改正後に再び増えて500社弱になっているそうです。
1994年の法改正の後、業界がうまく成長しなかったのは、業界の価値観が狭すぎたからだ、と渡邉さんは見ています。さまざまなビールをつくる人たちが出てきたものの、90年間限られた種類のビールしか市場になかった弊害として、嗜好の画一化が進み、消費者の側にも新たなビールを受け入れる土壌がなかった、ということです。今また、つくり手は増えているものの、つくられる種類・味にはまだまだ多様性が足りないとみています。そのためタルマーリーでは、「すっぱい!こんなまずいビールがあるのか?」というほど、高くてすっぱくてまずいビールを目指しているのだそう(注:ちゃんと飲んでみましたが、味わい深いビールでした!)。渡邉さんは、このような生活の中での驚きが、経済合理性を超えたところにある、新たな文化づくりにつながると信じて、取り組まれています。

タルマーリーの地域内循環、その先に目指す自律化

タルマーリーは、パンやビールの市場に多様性をもたらすことを目指していますが、事業としても目指しているのは、資本の集中や画一化を離れた存在になること。それが地域内循環の確立であり、その先にある市場からの「自律化」です

「買ってきたイーストを使わず、自分たちで天然菌を採取・培養し、パンづくりする」がまさに自律化の出発点ですが、渡邉さんは、これからやろうとしていることも、紹介してくださいました。

・原材料に無肥料・無農薬栽培を増やす(小麦や大麦を農家に作ってもらう)
・麦芽工場をつくり、地元の素材でビールをつくる
・現在1台だけの薪ストーブを追加する
・自然クーラーをつくる
・お店の裏山に小水力発電を設置し、発電をする

自律化にこだわる理由を、渡邉さんはこんな風に語っています。

「先ほど、日本で流通する小麦粉は4社の製粉会社が流通の8割弱を担っていると言いましたが、原材料の根幹は大手に握られています。これによって、最終商品の味は同質化し、価格も揃えざるを得ない。結局、生産手段を持っても画一化を進めることになってしまう。なので、本当の意味で生産手段を持つということは、農産物を完全に自分で加工できるシステムを確立することだと悟りました。だからこそ完全な自律化を目指したいと思っています。地方分権にあたって、今までとは違うやり方が必要だと考えているからです。ご存じの通り、田舎も現在は近くの大都市に依存していて、今まで通りの構造のままでは、自律化できません。ですので、新しい形で地域社会、地域コミュニティをつくっていくというのが、私の一つの目標で、そのためには絶対に自律化、特にお金を使わなくても自分のところで全てを賄えるような自律化を進めていかなきゃいけないと思っているわけです。」

かといって、渡邉さんは市場経済を敵視・否定しているわけではありません。都市部には、経済資本を中心としたシステムがあり、ただ一方では、自然豊かな田舎において自然資本の充実を目指す人たちの活動がもっと増えるべき、というのが渡邉さんの考えです。
その理由は、画一化が進み、資本が集中しすぎると、環境問題といった外部不経済が起こる。それを防ぐには、多様性と分権化が必要だと考えるからです。タルマーリーのようなモデルが全国各地に増えて、あちこちで地域内循環が確立されること。と同時に、今の時代だからこそ、インターネットを通じて、自然資本の充実の重要性を理解し、支える人たちのつながりが広がることも目指しているのだそうです。

パンは、たしかにタルマーリーの商品です。でも、提供したい価値とは少し違うようです。個性的なパンづくりを起点に、

・今の市場経済の仕組みはサステナブルではないこと
・誰しもが、日々の消費行動を通じて、知らずと地球環境の悪化、それを前提とする経済システムの強化に加担してしまう構造になっていること
・無意識に価値観や嗜好が画一化され、自分らしさが分からなくなり、社会に窮屈さをもたらしている

といったさまざまな気づきを、社会に届けているのだと思います。

今回ご紹介できたのは、渡邉さんのお話のごく一部です。渡邉さんは、菌や発酵の話から経済、環境の話まで、2時間にすごい情報量を詰め込んで、私たちに提供してくださいました。発酵の話、画一化や資本の集中の問題については渡邉さんの著書『田舎のパン屋が見つけた腐る経済』でもっと詳しくお読みいただけます。

第1回 田舎のパン屋タルマーリーが起こしたパンづくりイノベーション、カギは気ままな野生の菌
第2回  鳥取県智頭町ですすむ、パンを起点にした地域の循環型経済づくり

第3回 批判ではなく、新たな物語を紡ぐ。タルマーリーが選んだ、未来の作り方(当記事)


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