鳥取県智頭町にあるタルマーリーは、ユニークで、ゆったりと居心地の良いお店です。

廃園になった保育園の建物をリノベーションして作ったパン工房兼カフェ、
パンは天然酵母、自家製粉した国産小麦を使用、
カフェでは、イノシシ肉のハンバーガー、薪オーブンで焼いたピザに、自家製ビールなどを楽しむことができます。
そして、タルマーリーの神髄とも言えるのが、発酵に使う菌の「自家採取」。野生の菌(酵母菌、麴菌、乳酸菌)を大気中から採取して培養し、パンをつくっているのです。
なぜタルマーリーではこのようにこだわったパンづくりをしているのでしょうか。おいしいものを作りたいから?答えはノー、店主の渡邉格さんは「おいしいものをつくる気はありません」ときっぱり!

タルマーリーが目指しているのは、おいしさよりも多様性。そして続けるほどに環境が良くなる事業づくりなのです。

タルマーリー店主 渡邉格さん
タルマーリー店主 渡邉格さん 

既存のシステムに疑問を持ち、事業という形で、仲間づくりをしながら環境や社会の課題を解決する。タルマーリーが歩んできた道のりから私たちが学べることはたくさんありそう、そんな期待を持って、鳥取県智頭町を訪問してきました。


今回私たちは、鳥取県智頭町にて3人の方にお話を伺いました。タルマーリーの渡邉格さん、林業家の大谷訓大さん、農家の藤原康生さん、それぞれに自ら価値を感じることを仕事とし、また地域との接点を大事にされています。会社勤め、地域との接点は少なめの私からすると、うらやましいような、少し後ろめたいような気持ちになりました。

シリーズ1回目は、タルマーリーの個性的なパンづくり、菌を起点にした独自の事業づくりについてご紹介します。 (本記事の取材は、2019年夏に実施しました)

画一化が進む日本のパン市場

タルマーリーのパンづくりがどれほど個性的なのかをお伝えする前に、まずは一般的なパンのつくり方について、簡単にご案内を。
私たちが普段口にするパンの多くが、イーストを使って生地を発酵し作られます。イーストとは、パンづくりに適した酵母を、工業的に純粋培養したものです。そのため、均質で、狙った味のパンをつくりやすいというメリットがあります。
また、パンの主原料である小麦粉は、日本では輸入が中心で、わずか4社の製粉会社が流通の8割弱を担っています。少し乱暴な言い方ですが、どこのパンを買っても主原料の小麦粉はほぼ同じということ。そこで、バター、砂糖、牛乳、卵などを使用して、パンの味に個性を出しています。

タルマーリーがこだわる天然菌の自家採取と自家培養

一方、タルマーリーでは、こだわった原材料を用い、独特のつくり方をし、付加価値を高め、それに見合った価格をつけて、その価値を認める人だけが買う、そういうパンづくりをしています。生地の材料はとてもシンプルで、小麦、塩、水、酵母。種類によってはドライフルーツやナッツが加えられます。輸入小麦にはポストハーベスト(虫がつくことを防ぐための、収穫後の農薬散布)が行われていることが多いため、タルマーリーで使用する小麦は国内産、しかも自家製粉にこだわっています。また、材料に、バター・砂糖・牛乳・卵は使いません。これらを使わないと味が単調になります。そこで、多様性ある味を生み出すためにタルマーリーが頼るのが、さまざまな野生の菌。酵母菌、麴菌、乳酸菌などをすべて空気中から採取し、自家培養しています。特に糀菌は、みそ、しょうゆ、日本酒などにも欠かせないものですが、これを自分たちで採取して培養して使う醸造所は、国内では本当に数えるほどしかありません。米と糀菌から起こす酒種、ビール酵母など、すべて自家採取・自家培養の酵母が、タルマーリーのパンの味の決め手なのです。

タルマーリー外観
保育園をリノベーションしたお店

気ままな天然菌、「揺れる味」を楽しむパン

しかし困ったことに、これらの菌は、イーストのように均質には働きません。つまり「狙った仕事はしてくれない」(渡邉さん)。
だから、渡邉さんは自分たちがつくるパンについて
「おいしいときもありますし、おいしくないときもあります。」ときっぱり。「時間と気候とそれからスタッフの体調、そして採れた農産物、そして菌の味で規定されるということに、私たちは自信を持ってお店に立っています。お客さんにも『今日はおいしくないですよ』『今日はおいしいですよ』と。」
いつも同じ味、ではなく、変わる味を楽しむ。今までにパン屋さんからそんな提案を受けたこと、ありますか?
そしてもう一つ、いつも決まった仕事はしてくれないけれども、生命力の強い菌だからこそのメリットもあります。

「菌本位制」だから起こせたイノベーション

それは、「仕込んだ生地を冷蔵庫に入れても、酵母菌は死なない」ということ。イーストで仕込んだパン生地は、長時間冷蔵庫に入れるとイーストが死んで発酵が止まってしまいます。タルマーリーでは、今は生地を仕込むのは週に1回。月曜日に1週間分をまとめて仕込み、火・水はお店は休み、木・金・土・日は冷蔵庫で寝かせた生地を成型・焼成しています。
気まぐれな天然菌を使って毎日生地を仕込むのは大変なこと。しかしその生命力を活かすことで、逆に毎日の生地づくりの手間から解放され、今は以前と同じ量のパン製造を、半分の人手でできるようになった、とのことです。働き方改革のすごい例だと思いました。半分のインプットで、同じだけ、あるいはそれ以上の価値を生み出す。野生の菌×業務用冷蔵庫、というある意味ローテク同士の掛け合わせ。「イノベーションとは、新たな組み合わせから生まれる」をまさに体現しています。
渡邉さんは、買ってきたイーストを使わない=借菌をせず、生命力の強い野生の菌の力を活かす、というやり方を「菌本位制」と名つけ、独自のパンづくりを確立しました
そして菌は、パンの作り方のみならず、タルマーリーの事業の方向性を決定づけています。

菌にとってより良い環境を求め、千葉、岡山、そして鳥取へ

もともと、渡邉さん夫妻がタルマーリーを開業したのは千葉県。当初から、自家培養酵母と国産小麦のみを使うことをポリシーにパンづくりをされています。野生の糀菌採取にも挑戦、渡邉さんはさまざまな色のカビを実際にご自身で食べてみて、糀菌かどうかを確認してこられたのだそうです!その後東日本大震災を機に、岡山県勝山へ移転。そこで、古民家をリノベーションして店舗とし、毎週片道1時間かけて湧水をくみ、野生の菌を採取しパンをつくるという方法を確立します。ベストセラーとなった『田舎のパン屋が見つけた腐る経済』が出版されたのもこの頃。
渡邉さん家族が、タルマーリーの新展開を目指し、さらに空気と水がきれいで、菌にとってより良い環境だと見込んで鳥取県智頭町に移転・再オープンしたのが2015年6月です。菌に導かれて移動を重ね、事業を発展させてきた、と言えるのかもしれません。

菌から見て取れる、人間がもたらす環境への影響

智頭町は、人口7000人弱、町の面積約230平方キロメートルの9割が森林です。自然環境の豊かな智頭町でも、美しい緑色をした純粋な糀菌を採取できるのは年に数回しかないそうです。糀菌は、竹を割った器に、蒸した米を入れて、一定期間置いておく、という方法で採取しています。

タルマーリーの天然菌の採取方法
このお手製の棚の中に、竹の器(右上)を静かに置いておく…

この糀菌の採取はとてもデリケートで、近くの農地での農薬散布、タルマーリーを訪れるお客さんが急増する(たいていは車で来るため、排気ガスが増える)、といったことで影響を受けます。空気中の汚れを分解するカビが増えて、純粋な糀菌が取れなくなり、10日間ほど黒や灰色のカビが生えてしまいます。
そして渡邉さんが「これはぜひお伝えしないと」と説明されたのが、「赤いカビが出てしまい、糀菌の採取に向かないのがJAS有機米だ」ということ。渡邉さん自身も、大学で農業を専攻し、「JAS有機こそが循環型農業を成立させるもっとも良い方法だ」と考えていたそうです。しかし、菌に言わせると、「これは生命力がない、早く土に還す方が良い」食べ物なのだそう。試行錯誤ののち、菌の採取には無肥料・無農薬の米がベストであると導き出し、今では智頭町内の農家に、米を無肥料・無農薬で栽培(自然栽培と言います)をしてもらっています。

菌のために、無肥料・無農薬の農業、健全な森林

無肥料・無農薬の農業は少しずつ地元で広がっています。米のほかには、ピザのソースに使うトマト、ビールの仕込みに使うホップ、そしてライ麦が少量できており、これから大麦や小麦を栽培してくれる人を探しているそうです。

タルマーリーのピザ
タルマーリーのピザ

そして、空気・水をきれいにするためには、森の果たす役割が大きいので、林業家とのつながりも形成しています。タルマーリーでは薪ストーブや薪オーブンをすでに導入し、さらに拡大しようとしています。(森林資源の豊かな地域では、木質バイオマスの有効活用は、温暖化効果ガスの削減、健全な森づくりの観点から有効です。詳しくはこちらの記事でどうぞ
タルマーリーの事業に必要な調達を通じて、農業や林業が変わり、農薬散布が減る、過剰な肥料の使用がなくなる、水と空気がきれいになることは、ひるがえって野生の菌の採取にはとても好都合です
こうしたつながりを地域内循環と言います。渡邉さんは智頭町への移転を機に、10年かけて地域内循環を確立し、タルマーリーがモノづくりをすればするほど環境が良くなる事業に育てようと考え、取り組んでこられたそうです。今、5年がたち、協力してくれる農家さんは14軒。「菌に良い環境」を求め始まったことが、地域のより豊かな環境づくりにつながり、通じ合う価値観を持つ人たち同士のつながりを形成しています。

次回はこの地域内循環について、渡邉さんにご紹介いただいた、林業家と農家のお話をお伺いします。

第2回 鳥取県智頭町ですすむ、パンを起点にした地域の循環型経済づくり
第3回  批判ではなく、新たな物語を紡ぐ。タルマーリーが選んだ、未来の作り方


組織でサステナビリティに取り組むなら、みんなで学ぶところがスタートです。

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