あなたの組織では、日々イノベーションが生み出されていますか?イノベーションがどんどん起きるための人材育成には取り組まれていますか?

㈱ビジネスコンサルタントでは、妙心寺退蔵院の副住職松山大耕さんに、「気づく力と気づかせる力 ~イノベーションとリーダーシップ~」をテーマにご講演いただきました(2021年6月)。松山さんは、国内外で禅と日本文化を広める活動をされています。また、ビジネスパーソンに向けた講演・研修に多数登壇、企業の社外監査役を務められるなど、日本の企業の組織課題にも精通されています。

新型コロナウイルス感染拡大は、社会の変化を10年早めたとも言われています。後戻りすることなく、さらに未来へとすすむため、私たちはどのようにイノベーションを起こしていけるでしょうか。松山さんは、「感性を育むこと」が大切だと言います。日本の文化、私たちの価値観・考え方、そして感性に大きな影響を与えている禅。松山さんに、禅の修行を紐解きながら、感性の育み方についてお話しいただきました。


松山大耕さん

1978 年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。埼玉県新座市・平林寺にて3年半の修行生活を送った後、2007年より退蔵院副住職。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年観光庁Visit Japan大使に任命される。また、2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出され、同年より「日米リーダーシッププログラム」フェローに就任。2018年より米・スタンフォード大客員講師。2019年文化庁長官表彰(文化庁)、重光賞(ボストン日本協会)受賞。2021年より(株)ブイキューブ社外監査役。 2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。また、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。

経済、利益、投機。数多くの経済用語は仏教に由来

仏教とビジネス、一見関係なさそうに見えますが、実は身近な経済用語にも仏教由来のものが数多くあります。

例えば「経済」。その語源は、「経世済民」、世を治め民を救うという宗教の言葉です。
「利益」は、善行つまり良い行いに対する報いという意味のご利益(りやく)が語源。
金融に携わっている方がよく使われる「融通」は、融通無碍という禅の言葉に由来し、自由自在である様を表しています。

意外に思われるかもしれませんが、「投機」も、もともとは禅の言葉です。師匠が弟子の成長を促すために手段を投じることが投機の語源です。「機」を生み出すための手段を講じる。これが「投機」です

この「投機」を表すもう一つの禅の言葉に「啐啄同時」があります。啐啄同時とは文字通り、鳥の雛が卵から産まれ出ようと殻の中から卵の殻をつついて音をたてた時、それを聞きつけた親鳥がすかさず外からついばんで、殻を破る手助けをすることを意味します。これが「啐」と「啄」の関係です。互いが響同=協同しあった時、新しい何かが誕生するのです。つまり、師匠と弟子の掛け合いがうまくいくと、卵が割れるように成長できる。そういう状態を「投機」といいます。これは、まさに今日のテーマである「気づく力と気づかせる力」に関わってくることです。

禅の師匠の気づかせる力とは

15年ほど前、私が禅の道場で修行していた時のことです。この「投機」を表す、忘れられない出来事がありました。

修行道場には、お経が専門の係、ご飯を作る係、老師(禅宗の僧侶、修行を指導する立場)の付き人など、さまざまなお役目があります。付き人は、老師が大きな法要の時にカバン持ちをしたり、身の回りのお掃除をしたり、一番重要なのが老師の日々のお食事を作るというお役目です。私がこの付き人のお役目をいただいた初日、食事の準備をすることとなりました。「何を作ろうかな」「何がお口に合うかな」「どんなものを召し上がりたいのかな」と思案し、初回は無難にいこうと考えてご飯とおみそ汁、風呂吹き大根を作りました。老師の食事はお膳に乗せて運び、食べ終えた老師が所定の場所に食器を戻されます。その食器を置く音を合図にお膳を下げに行きます。おいしく召しあってくださったかなとドキドキしながら行きましたところ、何とお食事には一口も口をつけず、そのまま置いてありました。そして、お膳の真横には1枚の新聞チラシ。そのチラシの裏の白い部分に恐ろしいほどの達筆で「風呂吹き大根の炊き方」と書かれ、さらに図入りでこと細かく手順が書かれていました。私は、それを見た瞬間、頭からつま先まで鳥肌が立ちました。

老師は私を呼びつけて怒鳴ることもできたでしょう。もしくは、何もしないでそのまま食事だけ置いておく、場合によっては一緒に風呂吹き大根を作ることもできたわけです。ありとあらゆる手段の中で、私の印象に残るのはどの手段なのかを直感的に考えられて、新聞チラシの裏にきれいな字で炊き方を書くというやり方を選ばれた。実際、私は今でもありありとその状況を覚えています。精進料理というのは単なる野菜料理ではないということにも、付き人の初日からドーンと気づかされました。この気づく力、気づかされる力は、先ほどの啐啄同時のたとえのように、中からつつく、外からつつく、両方が大事です。その両方がないと飛躍的な成長というのはありません。私にとって、修行を通して最も印象に残った老師とのやり取りであり、まさに「投機」でした。

よく「あいつは何回言ってもわからんな」と言う人がいらっしゃいます。もちろん、言われている本人が悪い場合もあります。しかし、本人に気づかせるような手段が取れなかった人にも大いに原因があると私は思います。両方あって、初めていわゆるイノベーションであるとか、人の大いなる成長が達成されるのではないでしょうか。

こうしたことは、私たち禅の世界だけではなく、さまざまな分野で言えることだと思います。

気づくために大切なのは「見抜く力」

よく「運がいい」とか「運が悪い」と言います。統計的には差がないのに何が違うのでしょうか?脳科学的には二つの大きな違いがあるようです。運が良いと思っている人は、何でもすぐやる。そして好奇心が強い。これが運が良いと思っている人と悪いと思っている人の一番の違いだそうです。同じく、気づく力というのは、私たちの目の前にあるチャンスに対して、「これは違うな」と気づけるかどうかです。この気づく力を大事にしたいということです。

ある時私は気になって、日本のノーベル賞受賞者がどのような経歴であったのかを調べたことがあります。すると、東京大学卒業や東京でお生まれの方はたくさんおられましたが、幼少期や思春期に東京で育った方はお一人しかいなかった。あとの方は全員地方の出身でした。子供時代に、何もない、ただし自然が身近で、考える時間がたくさんある。そういう時間の過ごし方の中で、育まれる感性があるのではと考えます。

禅寺での学び~三つの理由~

コロナ前、お寺で研修をする企業が増えていました。研修に来る企業は、戦後間もない頃は、京都のローカルな企業が多かったのですが、バブル期にはまったくなくなり、東日本大震災後からだんだんと増えている状況でした。この妙心寺で最初に社員研修を受けたのは、日本を代表する自動車メーカーです。自社のウェイをたたき込む研修を日本でするわけですが、その最初に妙心寺に来られていました。研修の内容は、お茶、精進料理、坐禅。その後もさまざまな製造業、金融機関、物流等の企業がいらしています。特徴としてはグローバルにビジネスを展開していることが挙げられます。なぜ、お寺で研修するのか。そこには三つの理由があります。

妙心寺庭園
妙心寺退蔵院(松山さん撮影)

場を変える

会議室の中でずっとやっていても良いアイデアが出ない、場を変えてみよう、というのはあると思います。コロナ禍ではありますが、少人数の研修、会社の取締役会をお寺でするケースが出てきています。日本の企業だけでなく、例えばアリババ社のジャック・マーは、わざわざ比叡山に来て会議をしていました。場を変えて会議をすることでアイデアや考えを生み出そうというのは、一つの理由であると思います。

長く続ける秘訣を学ぶ

1980年代、当時のベンチャー企業の寿命はだいたい30年と言われていました。少し前の統計ですが、2015年のベンチャー企業の寿命は約7年、今はもっと短いと思います。企業の新陳代謝が激しい世の中にありながら、この妙心寺は650年続いています。一つの組織が600年以上続くということはすごいことだと思います。こんなに浮き沈みの激しい世の中で、続く理由に関心を持つ、という人は多いでしょう。

例えば、アメリカのシリコンバレーのような厳しい競争社会では、毎日が闘いです。そんなシリコンバレーにあるスタンフォード大学で、生協の本屋に平積みされているのはマインドフルネスの本ばかりです。なぜでしょうか。私は病んでいる人が多いから、だと思います。

物事というのは、光が当たれば影ができます。しかし、光と影は分離不能です。シリコンバレーは、面白い人が集まる、新しいものが生まれる。しかしその裏では常に不安なんです。新しい技術、競争相手。毎日浮き沈みが激しく、まるでジェットコースターのような人生です。それが悪いとは言いません。しかし、そういった生き方は非常に疲れる。特に精神的に疲れる。その中でもっと違う哲学、生き方があるのではないかということで、マインドフルネスに関心が向く。さらに日本の老舗やお寺に学びを得たいという人が増えている印象です。

感性を磨く

例えば、新しいラーメン屋を作ろうとします。そうするとマーケットリサーチをするでしょう。麺、スープ、具材、脂の量といったことについて、人々の好みを調べます。その最大公約数をとってラーメンを作ったらどうなるでしょうか?まずくないラーメンができます。しかしそれは特徴のない、チェーン店の味でしょう。本当においしいラーメン屋というのは、そんなことをはしません。店主が自ら研究し試行錯誤し、最終的に「自分はこれがうまいと思うから食べてみてくれ」というものです。この「自分がうまいと思う」これが大事です。一番大事な、本当にそれをおいしいと思っているのか?自信があるのか?という部分です。それを今、多くの企業がアウトソーシングしてしまってはいないでしょうか。データは大事です。しかし最後に決め手となるのはその人たちの感性です。それが欠けている企業が多いのではないでしょうか。

日本では今、多くの企業が中途半端なものばかり作っているのではと感じることがあります。何が原因かと考えると、私は感性の問題だと思うのです。

今、コロナになって、バーチャルな世の中になって、自分の軸、感性を信じられなくなっている人が増えているように感じます。

お寺での修行体験では、企業でどれだけ偉い立場の人でもはだしで雑巾がけをして、朝からお経をあげて、坐禅して、板の間に正座をしてご飯を食べ、私たちと同じような修行体験をします。体験が終わった後に「何が一番印象に残っていますか」と、聞くと「ご飯がこんなにおいしかったのか」という感想がもっとも多い。普段、私たちが食事をする時はテレビを観ながら、しゃべりながら、スマホを見ながらです。道場では、板の間に正座して、一言もしゃべらずにご飯だけ食べます。そうすると、そのご飯の香りとか、お味噌のコク、野菜の甘味をとてもよく感じることができます。とても、おいしいのです。そういう一つ一つの体験がだんだん感性につながっていくのですね。

なぜこの感性が大事なのか。私たちは情報社会に生きていますから、情報を得るだけで実際に体験している気になってしまいがちです。しかし、リアリティは何かを知っていると、だんだん自分の中で感性が磨かれ、そこに違いが生まれていきます。

ハーバード大学の教授がこんな話をしていました。近い将来、AIがデータを分析して、素人にもわかるように説明し、みんなに受ける製品を開発してくれるだろうか?そんなことできるはずはない。人間に訴えかけるものは人間でないとわからない。最後の決め手となる感性を、リアリティの中から磨く。その先に、気づく力が醸成されるのだと思います。

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禅の教えや松山氏自身の体験談は、「気づく力と気づかせる力」を理解するための示唆に富んでいます。リーダーやマネージャーとして、「気づかせる」ための関わりや場づくりには、今よりもっと工夫できることがあるはずと、感じた方も多いのではないでしょうか。次回は、禅における人の育て方、感性の育み方を中心にお話しいただいた後半をお届けします。

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