リーダーとして大切なこと。それは人間力が備わっていることだとよく言われますし、私たちもリーダー育成の要は人間力にあると考えています。しかし、人間力といっても、具体的に何を指すのかあいまいですし、どうしたら高めることができるのでしょうか?この度、その人間力を高めるヒントを古典から学びたいと考え、安岡定子先生をお招きし、論語について教えていただきました

安岡定子先生
安岡定子先生

陽明学者であり哲学者であった安岡正篤の孫であり、道徳評論家の安岡定子先生は、広く論語を伝える活動に取り組んでいらっしゃいます。就学前の子どもから小中高校の生徒、企業のトップまでと幅広い年代が、安岡先生とともに論語を読み解き、人の生き方や人間力の基本となる考え方を学んでいるのだそうです。論語には、年齢や立場に関わらず、人としてあるべき姿、本質が語られていると話す安岡先生。堅苦しいイメージを持たれることもありますが、実は論語に綴られている言葉は私たちの身近で数多く使われています。 「リーダーの要諦」をテーマに、論語から読み取るよきリーダーとなるための3本の柱とは何か、そして孔子が語った言葉の意味や背景ついて語ってくださった安岡先生の講演を2回にわたってご紹介します。

人生の必読書ともいえる古典「論語」とは

「子曰く」のフレーズは誰もが知るところですが、その内容については詳しくないという人もいらっしゃるでしょう。論語は、中国の古典、四書五経の一つで、人生必読の書と言われています。今から2,500年前、中国の春秋時代に魯の国に生まれた大思想家であり、学者、教育者であった孔子。釈迦、キリスト、ソクラテスと並ぶ世界4大聖人のうちの一人で、儒教の祖です。その孔子の言行や弟子たちとの問答などを記録した書物が論語です。205編約500章からなり、孔子の思想の神髄を伝えるものとして、後世に大きな影響を与えてきました。また、孔子の人となりを知る上でも貴重な書物。その中心的な主張は「思いやりの心・愛情」の重要性です。孔子の生まれ育った戦乱の世において、理想の人物像、理想の政治の実現に最も大切なのは「仁」であると孔子は説いています。

論語が語られた時代背景、込められた孔子の思い

孔子が生まれたのは、戦乱の世に突入する少し前。政治が乱れ始め、官僚の賄賂が横行するような時代でした。現代と違って学校はなく、若者は、立身出世を目指し学ぶためには、自身で師を探すところから始めなくてはなりませんでした。孔子は、そのような世の中において、一握りの若く優秀なエリートたち、将来国づくりを担うリーダーとなる人材に向けて、あるいは腐敗した政治家に向けて、判断や行動のよりどころとなるようなさまざまな言葉を語りました。それらを集めて編纂されたのが論語です。敷居の高い印象を持たれている方も少なくないと思いますが、実は論語には、これから国を支える弟子たちに対する、孔子の愛情が込められています。そういうことを考えながら内容に触れると、堅苦しさよりもむしろ、「若い人を育てる時に役に立ちそうだ」、「孔子が弟子を思っていた気持ちと重なる」という思いが生れるはずです。

見直されつつある「寺子屋方式」による学習方法とその効果

安岡先生が、就学前の子どもや中高生に授業を行う時、あるいは企業での講演でも、携えていくのは1冊の論語の本のみ。年齢の壁を超えて一緒に読める教科書というのはなかなかありません。それだけでも論語が普遍的だということがわかります。
また、安岡先生は、生徒の年齢を問わず、すべての授業は寺子屋方式で行います。寺子屋方式とは、たとえば「故きを温ねて」と言った後に生徒たちが「故きを温ねて」と復唱する、つまり掛け合いです。こうすることで、字が読めなくても、音から論語を学ぶことができます。これは、江戸時代の寺子屋や藩校で行われていた学習方法で、音が先に入り、その音に含まれている哲学も一緒に体に入るという学び方です。就学前の子どもでも3~4回読めばだんだんとリズムをつかみ、体が自然に音を出せるようになり、一体感や高揚感が乗ることで、60分授業で10から15の章句を覚えてしまいます。近年は、素読や音読の学習効果の高さが注目され、実は優れた学習方法であったことが脳科学的にも証明されています。

孔子や論語について基本的なことを理解したうえで、安岡先生はまず、論語から読み解ける「リーダーの要諦」、その3つの柱につき、お話しくださいました。

論語から読み解くリーダーの要諦 3本の柱

1つ目は「実学」

リーダーの要諦となる3本の柱。その一つ目は実学です。実学とは、仕事をしていく上で絶対に必要なスキルのこと。なくては困るものであり、足りなければ学習して補っていくもの、語学や法律、経済などの基礎知識など自覚して埋めていく専門分野の知識などを言います。自分が置かれているステージが高くなると、必要な能力も高いものが要求されますが、それでも短期的な取り組みで成果が出やすいものでもあります。

もっとも大切な「人間学・人間力」

二つ目は人間学・人間力。それらは、実学以上に大切なものです。特に組織の人たちをリードする立場の人には不可欠なものです。しかし、必要なことはわかっているけれど、どうやったら身につくのか、成果が出るのか、実力がついていることがわかるのか、とても見えにくいものです。人は評価されやすい部分は評価し、評価がつきにくいものにはあまり興味を示しません。しかし、立場が上になればなるほど、問われるのはこの人間学・人間力です。

自分がリーダーとして部下の信頼を得ているかどうかは、何か問題が起こった時、とっさの場合の言動や行動でわかります。会社内で危機的状況が起こった時、誰の意見をとっさに仰ぐでしょう。日ごろ、信頼している先輩や上司からの指示を受けたい。誰もがそう思うはずです。とっさの時にこそ、自分が人から信頼されているかどうかが露呈するというやっかいなものでもあるのです。実践場面を想像しながら、あるいは過去の危機的状況や今乗り越えるべき案件を考えながら論語の章句に触れていくことで、解決策を見出すヒントを得られるかもしれません。

オンとオフをうまく切り替える自分のための時間の活用法

3つ目は自分のための時間の活用法です。仕事に直接は関係ないけれど、人間の幅を広げるもの、教養として身につくもの、自分の心が落ち着ける場所を持つことは大切です。たとえばスポーツや音楽、観劇、旅行などでしょうか。人間力を身につけるには、自分の経験だけでは限界があるので、読書を通して他人の経験から学ぶことも、自分の思考の材料となりおすすめです。論語には「一張一弛」という言葉がありますが、これは力を最大限に生かすためには、一度緩めて一気に引っ張るということを表しています。張っているところが仕事であるとしたら、緩んでいるプライベートの部分をどう過ごすかを見直してみることは大切です。

たとえば、安岡先生には高校生に次のようなことを語られるのだそうです。
高校生ともなれば、進学、部活の人間関係、親との軋轢などで悩むこともあるでしょう。悩んでいる時は周りに目が向かないものですが、安岡先生は「そういう時こそ夜空を見上げましょう」とお話しされるのだそうです。数秒でもいいから月を見る、そして、自分が抱えている世界とは別の世界があるということ、あるいは美しいものがそばにあったと気づくだけでも余裕ができます。瞬間、そこから離れることでエネルギーチャージをするということです。論語では、自然の移りゆく姿に心を寄せることができることもリーダーにとって大切なことだと説いています。案件をかたづけることだけに囚われるのではなく、そこから離れるということができる習慣を持っていると、問題解決に対して違う見方でアプローチできることに気がつくかもしれません。あるいは友人との会話の中にヒントを見出すかもしれない。自分の時間を使って心を解き放つ、日ごろから緩急をつけられるようにしておくことが大切です。


今、このように不確実さが増している時だからこそ論語の言葉が身にしみてわかる、判断が難しい時だからこそ思い出される、と感じている人が増えています。ただ、若い時には論語に対して、「文章もその意味も知っているが実感がわかない」「具体的な行動を示してくれていない」と感じる方も少なくないのだそうです。しかし、社会経験を積むにつれて、自分の実経験と照らし合わせて「本当にその通りだ」と感じることが多くなるといいます。もともと論語は、孔子が若い弟子たちが、先の見通しを持って判断し行動できるようにと語った言葉です。こうした原理・原則をおさえ、私たちなりに今の時代をよりよく生きるための判断につなげていきたいと、感じました。

次回は、安岡先生が論語の神髄がわかるものとされている論語の章句を3つ取り上げて、論語の教えを私たちがどのように日々活かしていけば良いのかを教えていただきます。

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