先日、2015年の「ユーキャン新語・流行語大賞」に「爆買い」「トリプルスリー」が選ばれましたね。流行語大賞は時代背景や人々の関心事をよく表した言葉が選出されていますので、あの時代は何があったな~なんて、自己の歴史を振り返るのにも役立ちます。

近年私にとってインパクトがあった流行語は、2013年の「お・も・て・な・し」でした。

フリーアナウンサーの滝川クリステルが2020年五輪招致の最終プレゼンテーションで発した言葉で、そのジェスチャーと共に、老若男女が真似をしていた社会現象は記憶に新しいのではないでしょうか。

「おもてなし」とは!?

「おもてなし」とは、名詞「持て成し」に、接頭辞「お」がついたもの。
広辞苑によると、「持て成し」とは「とりなし・とりつくろい・たしなみ/ふるまい・挙動・態度/取扱い・あしらい・待遇/ご馳走・饗応」とあります。

人や物事に対するとりはからいや、振る舞い方、または態度を表すことをさします。
それに接頭辞の「お」がついていることで、丁寧に、相手を敬って行う事、となるのです。

別の捉え方で、「表無し」と書き、「裏表のない『心』で接すること」という造語もあるようですが、これにはなるほど、と膝を打ちました。

さて、私はコンサルタントとして企業様から「顧客満足(CS)向上をめざしたい」というご相談をいただくことが多いのですが、2013年頃は、御病院様からも同様のご相談が多くなってきたころでした。

今日は、ある病院長が自らの失敗から学習されたことに、「おもてなし」の心を垣間見ることができたエピソードをご紹介します。

院長が考える「病院の顧客」とは

昨今は、ビジネス界と同様、それぞれの御病院様が独自に「顧客満足(customer satisfaction)向上」に取り組んでいることも珍しくなくなりました。

病院にとって「顧客」はだれなのでしょうか。
そして、その「顧客の満足」とはなんなのでしょうか。

その院長は、自らの考える『当病院の顧客』を、以下のように考えていました。

<当病院の考える顧客とは>
『患者さん(入院、外来通院)』
『ご家族様』『お見舞客』
『出入りの業者さん』
『地域住民の方々』

さらに院長はこう続けます。

「今の時代は11人の患者様に誠意を尽くし、ご家族とよく対話するというのは当然。しかし、それだけではダメで、『お見舞いの方』も『出入り業者の方々』も潜在顧客です。それにこれからの病院は、地域の方々との連携なくしては成り立ちません。」

常日頃から、ドクターやナースはもちろん、薬局の薬剤師、職員の1人1人に至るまで、院長が考える「病院の顧客」について語ってきました。

医師生活25年。
その経験が”思考の箍(たが)”を作った例

「病院にとっての顧客とは」という強い思いのあった院長ですが、自身の配慮不足から「地域の方々」から大変なクレームを受けるという実に苦い思い出があったと語ってくださいました。

以下、院長が述べた言葉のままに記します。

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先日、院内を全て禁煙にして、喫煙所を病院外に作ったのですが、直後からPTA保護者からクレームの電話が鳴りっぱなしになりました。

病院の隣が小学校で、喫煙所を出したところがちょうどその小学校の通学路だったのです。

通学路に喫煙所なんて道が狭くなり通学の子供たちが危ない!と親御さんから苦情がくるのは当然です。喫煙所をどこにするかという会議や意思決定の際、私には『地域住民の方々からみたら、この意思決定はどう映るか』という視点が欠如していました。

言葉では大事だと言っていながら、視点や行動が変わってなかったと気づかされました。

私は、元は当院の脳外科医でした。毎日、目の前の患者さんをどう救うか、そのことばかりを考えてきた25年でした。だから院長という病院全体を統括する立場になって3年たっても、その思考の癖が出てしまうのだと思います。

私自身が言っている『全ての顧客の満足を考えること』と、自分の決断がずれていたことに対して、とてもショックでした。

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「指導する立場」と「自分の無意識の思考」
そのギャップにこそイノベーションが起きる

人は他者に言っていることや指導していることと、自分の無意識の思考が食い違っていることがあります。

この病院の場合もそうです。院長は常に『顧客とは』『満足していただくには』と考えてきました。心から、真剣に『顧客サービスとは』を考えてきたに違いありません。

そこには「わかっているようで、実はわかっていなかった」「言葉では他人を諭すように語っていても、実は、抜け落ちていた思考」があったのです。

しかし、その時こそが本当のイノベーションを行うチャンスでもあります。

イノベーションとは、新しいビジネスモデルや新商品、新サービスを考えることだけではなく、同業界でやっていないこと、我々がこれまでに考えたこともないことをやってみる、ということも含まれます。

ではこの病院では、どのような取り組みを始めたのでしょうか。

地域のみなさんのために「できる」ことを考えて。

院長は、「その喫煙所の件があってから、地域住民の方々のためにできることは何かないか」を考えに考えたと言います。

以下、このように話してくれました。

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ちょうど病院の周りの側溝にコンクリートのふたがあり、そこにごみが吹きたまることに気づきました。

そこで月に2回、私自ら掃除をすることにしたのです。自分が行動で示さないと、職員への示しもつきません。今は私1人ではなく、診療部長や看護師長、管理職以上は皆一緒にやっています。

小さな取り組みからですが、まずはやってみることに意義があると考えています。

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病院周りの清掃などは、清掃員もいますし、外注すれば済むことと思われるかもしれません。

しかし「地域の方々を大切にする」という考え方を具体化する一つの方法として取り組んでいるそうです。

「地域のみなさんから”選ばれる病院”をめざして」。
この思いから院長自らほうきを手に取りごみを集め、自身の考える「顧客サービス」を日々追及していると、院長は話してくださいました。

「この病院にとって顧客はだれか、満足とは何か」を基軸に日本の病院も様々なイノベーションに取り組んでいます。もはや専門性や「病気・けがを治す」という病院の当たり前の前提条件だけでは病院も淘汰される時代になっているのです。

そして、目の前の患者様だけではなく、「顧客」として想定できるすべての範囲への気遣い、心遣いを追及すること、態度で表すこと。それこそが「おもてなし」として受け入れられて、持続可能な経営が成り立つのだと改めて教えていただいたエピソードでした。

あなたにとって「おもてなし」をする対象はどなたでしょうか?少し立ち止まって考えてみると、いつもと違う気づきが得られるかもしれません。


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