はたらく人のウェルビーイング向上を考えるとき、周囲の人たちとの関係性は欠かせない要素です。その関係性を組織の中だけではなくて外、地域社会にも向けてみると、どんな可能性が見えてくるでしょうか?

事業活動を通じて地域を盛り上げる活動をされているお二人の経営者をお迎えして、地域の人たちに喜ばれ、ビジネスもはたらく人も幸せになる循環をつくるヒントを教えていただきました。


株式会社ビジネスコンサルタントが主催するWell-being共創ラボでは、2024年2月22日、第4回Well-being共創会を開催しました。テーマは「Well-beingが循環する会社作り~地域に愛される経営で、ビジネスも社員も幸せに~」。ご登壇いただいたのは、こちらのお二方です。

 ヤマサちくわ株式会社代表取締役 佐藤元英様
 株式会社machimori(マチモリ)代表取締役 市来広一郎様

この記事では、ヤマサちくわ株式会社代表取締役社長、佐藤様による「地域を愛し、愛される経営~ビジネスも社員も幸せ~」をご紹介します。

 ヤマサちくわ様は、愛知県豊橋市で1827年に創業し、水産練製品の製造・販売をされています。佐藤社長は7代目。おいしいものが大好きで、寝ても覚めても新商品のアイデアが次々湧いてこられるのだそうです。受け継いできた伝統製法、文化や価値観にさらに磨きをかけながら、自社ではたらく人はもちろん、地域の人たちが幸せになるようなビジネスをどのように築いてこられたのか教えていただきました。

鉛は金にはならない~本物の味にこだわる

ヤマサちくわは本物の味にこだわっています。その理由は、おいしいは幸せだから。おいしいものを食べると、笑顔になり、家族仲良く楽しくなることができます。「幸せ」はヤマサちくわの大事な価値観です。

本物の味のちくわを作るため、まず原材料と伝統製法に徹底的にこだわっています。魚は季節ごと旬のものを仕入れ、職人が手でさばき、年代物の石臼を使って生地を練り上げます。臼にはそれぞれ個性があり、その時々の材料や気候に合わせて、職人たちが微妙な調整をすることで、ヤマサの味がうみだされます。職人より良い仕事をできる機械は今のところないのだそうです。

次に、販売方法も独特です。直営店での販売を重視しています。そしてスーパーマーケット等の小売店でも販売してはいるのですが、代理店やロジスティクスセンターを介さず、自社の社員が各店舗まで配送し棚に商品を並べるところまで行っています。

商品の鮮度が大事なので、「箱根を越えず比叡を越えず」と、販売エリアを最近まで東は小田原の手前、西は滋賀県北部までに絞っていました(最近、変更されたそうです)。製造から販売まで、一貫して自社で取り組み、顧客と直接コンタクトするポイントを数多く持つことにこだわっているのです。

 文化に根付く、地域を盛り上げる活動

本物のおいしさにこだわるヤマサちくわですが、地元では、観光、スポーツ、文化、経済などさまざまな分野で、地域を盛り上げる活動に熱心な企業として知られています。

ヤマサちくわが地元豊橋を盛り上げる活動に熱心なのは、文化であり価値観です。5代目社長は戦後、地域の復興や地場産業であるちくわ業界の立て直しに尽力し、6代目は商工会議所や地域全般に関わる活動をされていました。

佐藤社長自身も若いころから地域を盛り上げたいと考えさまざまな活動をされており、現在は豊橋の観光ビューローや経済団体等で役員を務められています。ヤマサちくわでは、地域を盛り上げる活動には経営者だけではなく、多くの社員が携わっています。ここが同社の独自性を表すポイントです。社員が参画するイベントには次のようなものがあります。

 ヤマサ夏祭り

毎年8月初めに開催している、地域の方やお取引先などだれでも自由に来場できるお祭りです。

このお祭りの前身は、ヤマサちくわの社員のためだけに開催していた盆踊りでした。それを佐藤社長が30代半ばのころに、「いまいち盛り上がっていない」と感じて内容を大きく転換。地域の人が参加できる夏祭りにしました。最初の5年ほどは佐藤社長自身がリードして開催していましたが、その後は20代の社員に企画運営を任せています。

おでん、かき氷もうどんもみんなヤマサの社員が準備し、作ります。大人気なのは自社の食材を活かしたエスニックおでん。そうしたおもしろいものがたくさん食べられる屋台や出し物、ゲームや抽選などを目当てに、毎年2日間で最低1万人が訪れます。この開催に合わせて帰省しようという方もいるほど、夏の風物詩として地域に根付いています。

海岸清掃活動

渥美半島の表浜海岸での清掃活動です。創業170周年のタイミングから、海の恵み、自然への感謝、地元の人たちへの感謝を表すために継続しています。この日は工場を半日お休みして多数の社員が参加します。最近では清掃ボランティアの輪が広がり、集まるゴミの量も大幅に減りました。

 ええじゃないか豊橋まつり

豊橋まつりは、約60万人が参加し、2万人の豊橋市民が一斉に同じ曲で踊るなど豊橋の一大イベントです。巨大なちくわの山車と新入社員による「ちくわっしょい」の踊りがパレードの先頭を彩ります。「今年の新入社員さんたちもがんばって!」と声をかけられるほど、地元では身近な存在として認知されています。

このお祭りの開催期間は、ヤマサちくわにとってはお店も忙しく売り上げもピークになるタイミング。製造販売も大変だけれども、お祭りを盛り上げるための踊りにも参加したい。そんな社員が大勢いらっしゃるのだそうです。

任せることで人材育成とエンゲージメント向上の機会に

こうした活動は、佐藤社長が30代まではご自身が先頭に立っていましたが、ご自身が忙しくなったこともあり社員に「任せる」ことにシフトチェンジされました。それで「かえってよくなった」と佐藤社長は振り返られています。ご自身がやりすぎて社員を活かせない状況をつくってしまうよりも、人が育つ環境ができたと考えているからです。

ヤマサ夏祭りでは、他社に頼らず、4カ月かけて若手社員が自分たちで準備します。このイベントにおいては、役員も若手社員の指示に従います。任せることで、プロジェクトマネジメント力や社内交渉力を養うことができます。お祭りの実施は、地域を盛り上げたいという当初の目的をかなえるだけではなく、その企画・運営が人材育成の機会にもなっています

「最近では、私が何も言わなくても、勝手に企画が出来上がっている。それくらい自分たちで動くようになってきました」(佐藤社長)

ところで、言ってしまえば本業とは違う活動に、どうして社員の皆さんが熱心に関わるのでしょうか?こんなにコストや時間をかけてやることなのか、といったネガティブな意見は出ないのでしょうか?

佐藤社長によると、長年の積み重ねもあってネガティブな意見というのはなく、また、コストも意識したやり方はされているということです。そして実際にかかるコスト以上に、人が育つという点では大きな価値のある機会だと捉えられています。

そしてもう一つ、佐藤社長はある姿勢を大事にされています。それは「社員を巻きこもう」としないということ。巻きこむではなくて「一緒に」の発想で、市民と、社員と一緒に活動し、何より取り組んでいる社員自身が楽しむことを大切にされています。

こうした姿勢もまた、佐藤社長の「地域を盛り上げたい」という思いに社員が共感して、自ら動きたくなる環境づくりにつながっているのではないかと、お話をうかがいながら感じました。地域を盛り上げる活動を通じて、地域とのつながりを実感し、さらに自組織へのエンゲージメントが高まる、この好循環がヤマサちくわにはあります

30年前に掲げたミッション、そのキーワードははたらく人の幸せ

こうした活動を支えている、組織の中での取り組みもご紹介いただきました。掲げているミッションは、佐藤社長が30代前半のときに、BConコンサルタントのサポートのもと検討されたものです。

CS経営(顧客満足を重視する経営スタイル)全盛の時代に、社員が幸せになることをいちばんに掲げるミッションは珍しいものでした。今回の講演に当たり、佐藤社長はウェルビーイングについて学び、このミッションの意味合いを振り返られたのだそうです。

幸せカンパニーで言った幸せは、今のウェルビーイングの意味だと思います。30代前半で考えた幸せカンパニーよりも、ウェルビーイングの要素を取り入れてふくらませて、ミッションを定義し直せば、同じ言葉でも、今の若い人にも通じる会社作りができそうです。

 ミッションの次に大事にされているのが、4つの行動指針です。先代から細かな表現・言葉づかいは変えても、内容は変えずに継承しています。

特徴的なのが一番下の項目です。ここで掲げている地域との関係の近さがヤマサちくわの強みだと佐藤社長は考えています。

ミッションというのはとても重要です。ウェルビーイングな会社作りのためにはミッションがしっかりしていて、行動指針がしっかりしていないと、社員に説明ができない。」と語られました。食品会社として本物のおいしさでお客さまを喜ばせる、地域を盛り上げる、大前提としてそれに取り組んでいる社員自身が幸せである。ミッション・行動指針と経営における具体的な活動との整合性を、佐藤社長が大事にされていることがうかがえました。

社外への発信を高め、世代や地域を超えたつながりづくり

 佐藤社長は、冒頭ご紹介したとおり、おいしいものを食べるのが大好き。さまざまな情報に触れては新しい商品の試作に没頭し、地域を盛り上げる活動と相まって仕事そのものでウェルビーイングが充実されているそうです。しかし、振り返ってみるとおいしいものを作るのは得意だけれども売ることはあまり得意ではない。また、もっと社外への発信を高める必要があるのではという指摘を受けたこともありました。

そこで、最近力を入れているのが地元の小学生向けの出張ちくわ教室と、おいしいもの好きが集まって交流や農業体験等をしている会員組織の運営です。 

かつては小学生が工場見学によく来ていたそうですが、最近ではコストや移動の問題から訪問が減っていました。そこで自分たちから出向こう、ということで始まったのが出張ちくわ教室です。1校当たり100人、年間30校で実施しています。

9時~12時半まで、ちくわの歴史や豊橋とのつながりを学び、実際にちくわを串に付けて、焼いて食べる体験をします。小学生に向けて話すのは佐藤社長ですが、ここでも社長一人で動くのではなく、若手社員らとともに取り組んでいます。社員が5人1チームで、事前準備や当日の運営をしています。

最近の小学生は「ちくわは嫌い」という子も少なくないそうです。しかし、自分たちで作った焼き立てのちくわを食べると必ず「おいしい」となります。とにかくおいしいものを食べてもらうこと、そしてお話を通じて豊橋の立地の良さ、発展の歴史を理解し、地元への愛着が高まるような体験を提供しています。

 毎日ドキドキできる仕事、お客さまを喜ばせる仕事をこれからも

「ちくわやさんだからちくわを作って売っているだけかもしれないけれど、さまざまな活動がたくさんあって、うちの社員は毎日ドキドキできる仕事をしているのではないか」と佐藤社長は考えています。

社員が仕事に向き合い、お客を楽しませたいと思えるための施策に、佐藤社長は長年取り組まれてきました。コロナ禍で社員がお客さまとの直接の接点を持つ機会が大幅に減ってしまい、「お客さまを喜ばせる」という同社の強みを発揮できなかったことを、佐藤社長は残念に感じているそうです。ヤマサ夏祭りも中断し、地域を盛り上げる活動の経験が少ない社員もいます。今一度、取り組みを充実していきたいという決意表明で、佐藤社長は講演をまとめられました。

同社の歴史、おいしい本物のちくわへのこだわりから始まって、地域とのつながりづくりのさまざまな活動をご紹介いただきました。そうした取り組みが、はたらく人のエンゲージメント向上や人材育成につながること、さらには30年前からミッションに掲げる「幸せカンパニー」と通じ合い、組織全体のウェルビーイング向上につながっていることが伝わるお話でした。

次回は、熱海のまちの再生に取り組むmachimori代表の市来様のお話をご紹介します。


株式会社ビジネスコンサルタントでは、人材開発・組織開発のアプローチで、組織のウェルビーイング向上をご支援しています。お気軽にお問合せください。

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