日本初のサステナブル・シーフードレストラン「BLUE」のオーナー、松井さんのストーリーから、「ビジネスの力で社会課題を解決する」について、学び、考えるシリーズをお届けしています。
※第1回はこちら
サステナビリティというコンセプトで選ばれるレストラン
BLUEのお店は、京王線千歳烏山の駅前商店街からも離れており、人が多く通る場所でもなく、立地条件は良くありません。店の前を歩いてふらっと入るよりは、BLUEを目指してきてもらう、そんな場所です。お客さんの4割は、BLUEの「サステナブル・シーフードにこだわる」というコンセプトに共感して来店する人たちなそうです。
「メニューに調達方針があり、認証マークがついているシーフード・レストランは日本ではありません。店内の資料なども見て、関心を持ってくれる人が多く、質問も頂きます。これは狙っていたことで、自然と興味を持ってくれる感じを心掛けています。」
「お客さまから質問された時に伝えるのは、「ただエコなんです」ということではありません。海のエコラベルが付いていることだけではなく、ちゃんとしたストーリーを伝えたいと考えています。なぜサステナブルと言われるのか、カナダ産底引きのカレイでは、網の工夫があって、資源量をこんなふうに定めていて、といったような、産地・漁法にまつわるストーリーを伝えたいと。季節によって産地も変わるし、漁業の資源管理はとても科学的なもので難しいですが、スタッフ皆で学んでいます。」
ここだけを切り取ると、「消費者に物の価値ではなく背景のストーリーを伝えて共感を得る、今どきのマーケティングだ」と思われるのかもしれません。でも松井さんたちには、福井のサンドイッチ店での試行錯誤という、手ごたえのある経験と学習があります。
サンドイッチ店のチャレンジで得た成果
水産資源の持続可能性問題を広めるため、認証の付いた食材を選び、食べることの意義や価値を伝えたいということで、松井さんが地元福井で始めたサンドイッチ店(詳しくは前回の記事で)。このチャレンジがもたらした気づきは何だったのでしょうか?
「やっぱり、環境にいいだけでは付加価値にならないのだ、と分かりました。最初は結構海のエコラベル(※MSC/ASC、前回の記事で解説しています)を強調するブランディング戦略でした。でも途中で気づいたのは、飲食店に来る人が求めているのは、基本的には食べる楽しみだということ。最初から敷居を高くして環境、エコと頭ごなしに言うのではなく、おいしさとか飲食店としての基本にプラスする形で伝えるのがよい、と学びました。まずはおいしい物を食べて、何か消費者の方が気づいてくれるようなことを作っておき、食べておいしいと思った方に、実はこれってこうなんですよ、という“プラスサムシング”の伝え方をすると、それでようやく付加価値になっている感覚が持てました。」
Oceanチャレンジプログラムで視野を広げる
そして、サンドイッチ店での学びをもとに、より大きなインパクトを求めて、松井さんは東京での新規開店を目指します。その準備期間に松井さんが取り組んだことの一つが、“Ocean チャレンジプログラム”への参加。このプログラムは、WWFジャパンと、Impact HUB Tokyoとが運営しています。持続可能な水産業を実現するため、ビジネスの力で課題解決に取り組もうという起業家を支援するためのプログラムです。
松井さんはこのプログラムで、サステナブル・シーフードの専門家、新規事業立ち上げの専門家などからアドバイスを受けながら、新たなビジネスの構想を固めていきます。
「プログラムに参加して、MSC/ASC以外の認証制度があることを知りました。MSCやASCは、グローバルに見てゴールデンスタンダードではあるんですが、これだけをよいとすると、日本の漁業者さんたちはすぐにはついていけない。だから認証取得を目指している漁業者さんから買うことで、支援することができる、そういった学びが大きかったです。調達方針を変え、MSC/ASCのみとしていたのに広がりを持たせることができました。持続可能性を目指している漁業者を支援する、未利用魚を使う、それぞれ方向性は違いますが資源の有効活用という点では思いは同じだと考えています。」
サステナブル・シーフードで東京進出
松井さんが東京に進出してみて、大きなメリットは二つあったそうです。
①志を同じくする仲間が見つかった
実は開店当初、BLUEのお客さんの8割は、「業界関係者」でした。どんな業界か、というと、サステナブル・シーフードに携わる人たちです。専門機関、NGO、卸や流通の分野で活動する人たちなどが、応援してくれました。「地元で1人やってきたのが、ちゃんとこういう活動を応援してくれる人たちがいるんだと知れたのはとても大きかったです。」
②認証付き食材の調達が容易に
さらに、福井で悩まされたサステナブル・シーフードの調達にまつわる問題も、東京では解消されました。「東京での仕入れは、マルハニチロさんが特別枠で協力してくださっています。倉庫で僕たち用に小分けしてくださって、それはとても助かっています。」マルハニチロは、水産会社として世界第1位の売り上げ規模です。海洋管理のための水産事業を推進する企業による組織「SeaBOS(シーボス:Seafood Business for Ocean Stewardship )」の会長は同社の伊藤滋社長であり、MSC/ASC認証のついた水産物を積極的に取引しています。こうした企業姿勢から、BLUEのような単一店舗のレストランにも食材を提供しているのです。
志を同じくする仲間に恵まれ、そしてコンセプトが受け入れられて、開店から約1年、着実にファンを増やしてきたBLUE。しかし実は残念なことに2018年8月末を持って一時休業してしまいました。というのも、さらに、インパクトのある取り組みを準備するためです。松井さんの描く将来とは?次回、探っていきます。
次記事:サステナブル・シーフード普及を目指す起業家に聞く「ビジネスの力で社会課題を解決」の始め方③
サステナビリティにビジネスでなぜ取り組む必要があるか、なぜ成長につながるのか、さらに深い解説はこちらから。
京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。