前回の記事では、組織に変化を起こすために、組織が賢くなるために、対話というアプローチがあることをご紹介しました。そして、対話から実りを得るための知恵を集めたものが、アート・オブ・ホスティング&ハーベスティングです。今回はこの対話のアートがどのようなもので、どう活かされるのかについて、より詳しくご紹介していきます。
vol.1 組織に変化を起こしたいあなたへ~実りある対話を生み出す実践への招待
変化につながる話し合いの「3つのフェーズ」とは
変化を生み出すために人々が集まって話す様子を観察すると、繰り返し現れるパターンに気付きます。それは、うまくいく話し合いには3つのフェーズがあるようだということ。拡散フェーズ、混乱と創発のフェーズ、収束のフェーズです。このパターンを見取り図のように携えておくことは、混乱の中にとどまり、変化や洞察が生まれるのを待つ忍耐強さと勇気を与えてくれます。
変化は、安定して固定的で慣れ親しんだ状態では起こりづらく、多くの場合未知の価値観と触れたり、異質なもの同士がぶつかる「淵」で起こります。淵は、私たちが快適と感じるコンフォートゾーンと、そこから一歩踏み出しだストレッチゾーンとの際(きわ)にも似ていて、居心地が悪いものです。しかし新しい発見や意味や道が見えてくるのも、またこの領域の中からです。
拡散フェーズ
話し合いを必要とする背景や課題、各人の視点を共有します。例えば、参加者に4人一組でテーブルを囲んでもらい、「〇〇について話し合うことが、今、なぜあなたにとって重要ですか?」といった問いについて話し合ってもらいます。前回触れた「違う人々、つまり多様な人生、多様な経験やストーリーをもった人たちと共にいて意識的に対話するための練習」が始まるというわけです。
開かれた問いを投げかけることによって、さまざまな視点を集め、大きく選択肢を広げていきます。
混乱・創発フェーズ
決まった答えがあるわけではない複雑な課題に取り組む場では、意見の食い違い、対人関係の葛藤、この場への疑い、結果を出すことへの焦りや不安が現れます。時にはホストや運営事務局への不満として表現されることもあります。「こんなをことをして意味があるのか?」「主催者は役割を果たしていない!」といった声です。
それでも、この混乱の中にしっかり踏みとどまることで、困難の中でも他人と見方をすり合わせ、関係性を変化させたり、集団や個人レベルで気づきを得ることができます。
収束フェーズ
混乱・創発フェーズのなかでぶつかり混ざり合った見方や体験を元に、今までのパターンとは少しだけ異なるパターンで物事をとらえることで理解を深めていきます。また、葛藤や意識的な対話を通じて自分たちが体験したことの意味を明確にします。この新たな理解、意味づくりは個人レベルでも集団レベルでも起きます。
学んだことを振り返り、「こういうことか!」「私たちに必要なのはこれなんだ!」といった気づきが得られると、次にはアイデアをまとめたり、吟味したり、アドバイスを求め、行動計画を作り上げるプロセスが始まります。
通常の組織運営では、収束フェーズにスポットライトがあたりやすく、これを得意とする方が多いようです。立案・計画・Todoリストを明らかにする、といったことです。しかし、収束フェーズに着手する前に拡散フェーズ、混乱・創発フェーズに意識的にとどまることで、まだ見ぬ可能性を開くことができます。
対話を支える「ホスト」と「ハーベスター」とは
前回の記事で、アート・オブ・ホスティング&ハーベスティングでは、対話に関わる人を「参加者」「ホスト」「ハーベスター」の3つと捉えることをご紹介しました。
対話の場において、全てのフェーズの準備から当日の運営、進行を務めるのが「ホスト」です。ホストは組織の中の人が担うこともあれば、外部から招くこともあります。
一般的に会議や研修の場では、進行役やファシリテーターと言われる役割の人が、あらかじめ決めたアジェンダや時間軸に沿って、合意したゴールへ向かって議論を整理したり、エクササイズを用意したり、参加者を促したりします。しかし対話の場におけるホストの役割は、それらとは少し違います。「話し合いが必要だ!」と感じる人たち、具体的には依頼者側のコアチームやプロジェクトオーナーと共に、計画の一部始終に伴走し、対話の器となります。どのような刺激を与えたら変化が生まれやすくなるのか、十分に声が聴かれるためにはどのような順番で問いを設定したら良いか、どうしたら参加者が心置きなく対話に自ら関わりたくなるか、に心を配ります。
そしてホストと表裏の関係ではたらくのが「ハーベスター」です。ハーベスターは話し合いの内容を記録したり、そこで得られた解決策や知恵を後に活用できるように絵や写真、記事や動画、体験を有形無形に残します。
先ほどの拡散フェーズ、混乱・創発フェーズ、収束フェーズの説明で見てきたように、参加者はホストと共に未知の領域の話し合いに臨みます。その際、ハーベスターはその場の潜在力をフルに発揮させることを意図して、「学び」や「気づき」そして「奇跡のような瞬間」を刈り取り、参加者に見えるようにフィードバックを返していきます。
次項からは順を追ってハーベスティングの全体的なイメージを掴んでいきます。
ハーベスティングの8つの営みとは
ハーベスティングとは、大切な話し合いを行動につなげるためにプロセスをデザインする一連の活動を指します。個人が意味を見いだすことを支援し、集団で知恵を集める技であり道(アート)です。
実際ハーベスティングは話し合い本番のずっと前から始まります。収穫というその名の通り、一連の活動は、計画し、実施し、刈り取り、活用できるようにするところまでを含む、8つの営みに分かれています。対話のパターンとハーベスティングの8つの営みの関係を絵で表すとこのようになります。
欲しいものをイメージする
この対話の会が開かれるに至った背景を確認しながら、ニーズを深掘りし、そのニーズに基づく目的、つまり方向性を明らかにします。考えるのは、次のようなことです。
「そもそも主催者の人は何が欲しいのだろうか、なぜこの会を必要と感じるのか、それが満たされたらどんな良いことが生まれると予感しているのだろうか。どんなハーベスト(アウトプット)があったらそのニーズを満たすことに役立つだろうか。集まった人たちにどのようになって帰っていって欲しいだろうか。」
場の準備をする
対話のためのチームを募るなど場を開く準備をします。検討するのは次のようなことです。
「はたらく環境は整っているだろうか。物理的な会場の広さや設備はどうなっている?オンラインの開催の方が良いだろうか?」
「 対話の場を支えるコアチームとして一緒にはたらくメンバーはいるだろうか。だれに協力を仰ぐべきだろうか?」
実際に、対話に来てほしい人たちに参加を呼び掛けて、心理的な場もつくります。
ハーベスティングの計画を立てる
ハーベスティングのためのチームを作ります。対話の目的にあうようなハーベストの手段やメディアを選択します。対話の会のタイムテーブルを作り、進行役を定め、情報のインプットの流れを見ながら、どこで誰がハーベストするのかといった役割分担を決めます。
種を蒔く
問いは、人々からどのような声を引き出すか、に関わるとても重要なものです。対話の場で投げかける問いは、あらかじめ、粒度や中身、タイミングや順番、方向性を検討し、入念に設計します。目的に応じて、グループワークを実施したり、ワークシートや掲示物を配ったりすることもあります。
作物の世話をする
この段階ではホストが話し合いのプロセスを前に進め、と同時にハーベスターは参加者が話し合いに集中できるようプロセスを見守ります。入念に準備した場から出てくる参加者の反応や、気づきの様子や変化に気を配ります。
果実を摘み取る:記録する、もしくは、集合的な記憶を創り出す
ハーベスティングの計画で定めた方法で記録していきます。例えばグラフィックレコーディング、個人のノート、付箋紙にメモを残して回収する、ビデオ撮影、などさまざまな方法があります(これについては次回に詳しく)。対話に参加した人たちの集合的記憶を集めていくプロセスです。
収穫した実りにひと手間かける:集合的な意味を創り出す
得られた収穫、学びを振り返り深めます。
集めた言葉や絵、イメージ、情報をもとにみんなで意味を見いだします。このプロセスの中で得られた学びや洞察のパターンを共有し、記憶に残る形にします。出来上がったものを「最初にイメージしたことがこれで叶えられそうか、必要なアクションにつながるためのサポートになるか」という観点で点検します。
次のハーベストを計画する
この対話のから出た後、誰が何をするかを決めて、それぞれの現場に帰ってからのアクションにつなげます。また、今回の対話から次のニーズや「欲しいもの」が生まれてくれば1に戻ります。
「理念浸透したい」その本当のニーズとは?
例えば、依頼主から「理念浸透がしたいので、対話の場を開きたい」と投げかけられたとすると、ハーベスティングの営みは、次のようなものが考えられます。
1(欲しいものをイメージする)で、「理念浸透したいんだ!」と依頼主が最初に言葉にしたことの奥にあるニーズを探ります。
実は依頼主は、「トップが号令をかけても届かない。組織のメンバーがばらばらに動いているようでさみしい。もっとつながりたいんだ」と感じています。そこで「欲しいもの」は、組織のメンバーが互いの顔が見える状態で未来に向けて力強く歩んでいる姿をイメージするとします。
6(果実を摘み取る)では、参加者一人ひとりに、今の組織や理念について感じていること、あるいは未来の自社の姿を語ってもらいます。他の人は、じっくり聴きながら、「なるほど!」「そんな考え方も良いですね!」などと思ったことを言葉で記録します。
あるいは想像した未来や大切にしたい価値観を、切り絵やレゴといった非言語で表現する形式も良いでしょう。
7(収穫した実りにひと手間かける)では、例えば集めた言葉や語られたストーリーのなかから、「つながり」を可能にし、前に進む力を与えてくれるパターンを見出します。そして逆に自分たちの力を弱くしてしまうパターンも探します。そして、持って帰りたい学びは何か、足りない情報、もっと話す必要がある相手、変えたほうが良い行動はどのようなことか、といったことにに気づいていきます。
この気づきを文章や絵、アルバムに残すことで、持ち運びが可能になりあとで見返すことができます。
8(次のハーベストを計画する)では、7の気づきにもとづいて、ここで得た「仲間とともにの感覚」を伝播するために、「最初にやること」といった行動を明らかにします。各自の持ち場に帰る前に一旦自分自身の言葉で語ったり、参加者同士がアドバイスし合う日程を決めることもあります。
今回の集まりでさらに探求するテーマが生まれた場合は、次回のミーティングが企てられたり、その時まで各自が持ち続ける問いを決めます。
これらの活動はハーベスターだけで行うものではなく、依頼主の事務局やホストと協働しながら、そのニーズや参加者の状態をみながら提案したり、問いのアイデアを出すなど、密接なやり取りによって進んでいきます。
今回は、変化を生み出す対話の枠組みと、意味を見いだし集合的な知恵を創り出す営みの大まかな流れを見てきました。ご自身の実践や経験と照らし合わせて、重なる部分があったかもしれません。あるいは新たな気づきがあったでしょうか?
もっと詳しく知りたい、なんとなくでも可能性を感じたという方には以下のリソースが役に立つでしょう。
アート・オブ・ホスティング ワークブック(外部サイト)
http://aohj.vision/workbook/
この記事が変化を起こしたい方の実践のお役に少しでもたてますように(vol.3に続きます)。
西南学院大学にて文化人類学を学ぶ。外資系人材ビジネスに13年勤務した後、カリフォルニア大学アーバイン校留学を経て2013年株式会社ビジネスコンサルタントに中途入社。プログラム開発のための探索活動や、サステナビリティコンテンツや診断ツールの翻訳プロジェクトマネジメントを担当。プロセスワークを学び、アート・オブ・ホスティング&ハーベスティング実践者としてオンライン・オフラインでの対話の場のサポートを行っている。