ここ5年ほどの間、友人との会話の中で増えつつある話題は、子どもの話、そして夫婦関係の話です。

気の置けない友人と美味しい食事を楽しみながら、本音トークにも花が咲きます。
「愛が冷めた」「昔のように魅力を感じない」「他の人を好きになった」という人もいれば、その一方で、「互いを信頼している」「愛とか夫婦というよりはソウルメイトみたいなもの」と軽やかで気持ちの良い関係を築いている人もいます。
そう言われれば夫婦って、愛ってなんだろうな……と考えていました。

そんな折、ポジティブ心理学に基づいた研修を受ける機会がありました。
講義の中で目に留まったページは、ポジティブ感情のリスト(喜び、感謝、安らぎ、興味、希望、誇り、愉快、鼓舞、畏敬、愛)、そして一番下にあったワード「愛」です。

このポジティブ感情のリストは、ポジティブ感情研究の第一人者である、ノースカロライナ大学のバーバラ・L・フレドリクソンという教授から引用したものでした。
バーバラ教授はポジティブ感情の中でも、特に「愛」についての研究を進めています。
教授によれば、愛とは人間に与えられた固有の能力であり、愛は人間の他の感情よりもはるかに深く広いもので、まさしく人間の究極の感情だといいます。
その愛は、たった1人の相手だけを対象に、半永久的に続くべきものであるというタイプのものではありません。また、裏切った、弄んだ、浮気した、愛が冷めた、という文脈で語られる愛でもありません。
これらは、「古いタイプの愛である」と、教授は主張するのです。

新しいタイプの愛とは何なのでしょうか?

教授はこのように定義しています。

愛とは以下の3つの出来事が同時に起こることです。
1.あなたと他者との間でおきるポジティブな感情の共有
2.行動の同時性
3.相互の配慮

教授は、これを「ポジティビティ共鳴」と名付けました。

この現象は通常は数秒から数分しか続かないものの、頻繁に体験することによって細胞や神経のレベルで人の身体を変え、物事を効率よく理解できるようにする力を秘めているということなのです。
そしてまた、植物や花が大気や水と太陽を必要とするように、愛も人体に対して直接、生理的に作用します。

しかし、ここで多くの人が疑問に思うかと思います。
人体に直接作用するとは、どういう意味なのか、ということです。

教授の説明によれば、ポジティビティ共鳴は「オキシトシン」と呼ばれる愛情ホルモンや、「迷走神経緊張」と呼ばれる機能を上げます。すると人体の免疫が高まり、心臓病や卒中、関節炎、糖尿病、がん、認知症といった疾患に罹りにくくなるということが研究で明らかにされつつあります。

逆にポジティビティ共鳴が足りない状態、つまり愛が足りない状態にあると、人は孤独で他人と切り離されたように感じます。

すると、人の免疫システムは弱まり、心血管疾患や関節炎などの慢性病に罹りやすくなると言われています。実際、「自分がその場に一人しかいない」という『事実としての孤独』よりも、「そこに人がいるにも関わらず、自分が孤立している」という『精神的な意味での孤独』のほうが、肉体的にもダメージを受けるそうです。
愛はタンパク質や水やビタミンと同じく人にとって大切な栄養素と言えます。

認識力が高まり、互いに配慮がされ、しかも健康にも良いなんて、家族にとっても組織にとっても、ポジティビティ共鳴は良いことばかりのように思えます。

ポジティビティ共鳴が起きるには2つの条件が必要です

1つ目の条件は「安全」です。祖先が厳しい自然を強く生き抜いてきたおかげで、私たちの脳は、特に脅威に対して反応するようになっています。置かれている環境が不安で危険なものだと思えば、その時点でポジティビティ共鳴は起こりません。「恐怖」「脅威」「不安」が優先されてしまうからです。

2つ目の条件は「繋がり」。感覚的で一時的な繋がりです。
このときに大切なことはアイコンタクトです。たとえば同僚と直接的なアイコンタクトをしないと、その人の本当の感情や考えを理解することはとても難しくなります。

集団の中で起きるポジティビティ共鳴

誰かとポジティビティ共鳴を感じた瞬間、2人の脳はシンクロするという研究があります。
脳波がシンクロし、相手と自分が1つに繋がっている感覚は私たちにとって馴染みのある言葉で表現することができます。そう、「一体感」です。これは阿吽の呼吸を必要とする協調作業や、オーケストラで楽器を奏でている時にも起きていると考えられます。

ポジティビティ共鳴は、2人以上の人間の関係性の中で起きるわけですから、カップルのみならず職場や組織の中にも存在します。
では、私たちの職場や組織で、実際にポジティビティ共鳴は起きているでしょうか。

ポジティビティ共鳴の3要素を逆転してみます。

  • 明るい気持ち、楽しい気持ちが共有できていない
  • 必要とされる行動が同時に起こせていない
  • お互いへの理解がたりない

という状況です。

そこでは感情の共有がされず、行動に同時性はなく個々がバラバラに動き、互いへの配慮が足りない状態です。そしてこのような職場は、人間になぞらえて“健康でない職場”と呼ばれます。
バーバラ教授の実験ではポジティブな感情を味わうことができると、人は自分の利益を越えて、他者の欲求や希望、関心に目線を向け、他者の観点から物事を見ることができる、と明らかにされています。

冒頭の研修の中では、愛を含めたポジティブな感情に目を向けた実習を多く体験しました。その結果私自身、家族と阿吽の呼吸で協力し合えるようになり、職場の人に対して、今まで以上の共感を覚えるといった変化を体験しました。
愛の本質である配慮と関心、これらを意識し体感することが“健康的な職場作り”の第一歩かもしれませんね。

【参考情報】
文献:LOVE2.0 あたらしい愛の科学 バーバラ・L・フレドリクソン(著) 松田和也(訳) 青土社 2014年

受講研修:レジリエンス・プログラム SBRP(主催:株式会社ビジネスコンサルタント)

遠藤 麻衣子
西南学院大学にて文化人類学を学ぶ。外資系人材ビジネスに13年勤務した後、米国留学を経て2014年(株)ビジネスコンサルタントに加わり商品開発のための探索活動を行っている。就職と離職の場面を何百回と目にした経験を元に人が仕事を通じてイキイキとする支援や大人の学習意欲、またキャリア観を高める支援を探求中。英語力キープを兼ねて海外文献や学会情報へのアクセスを欠かさない日々を送っている。