この、赤いカップのロゴマークをご存知でしょうか?

これは、国連WFP(World Food Program、国連世界食糧計画)が実施している「レッドカップキャンペーン」のロゴマークです。食品のパッケージなどで、このマークを見かけたことがある、という方は多いのではないでしょうか。このマークが付いた商品を購入すると、代金の一部が国連WFPが取り組む、「学校給食支援」への寄付になります。

世界には、おなかを空かせながら学ぶ子どもたち、貧困のために学校にすら通えない子どもたちがいまだ多くいます。そうした子どもたちに給食を届けることは、栄養面の改善だけではなく、学びの機会を広げることにもつながり、さらには地域経済を活性化します。

いま、事業の新たな方向性やイノベーションを考える人たちが、欠かさずチェックするのが「社会課題の解決」という視点だと思います。この社会課題を的確にとらえ、解決策を考えるために必要と言われているビジネススキルの一つが、システム思考です。物事をシステムとしてとらえ、要素と要素のつながりを意識し、レバレッジの利くポイントを見定めて問題解決策を実行するものです。

といっても、言葉で説明されても何とも理解しずらいのがシステム思考。そこで今回は、国連WFPが大きな成果を上げている学校給食支援の取り組みから、「システムで考えて課題解決をし、大きな効果を生み出す」とはどういうことなのか、学んでみたいと思います。

国連WFPの学校給食支援とは

国連WFPとは、SDGs(持続可能な開発目標)のゴール2「飢餓をゼロに」の達成を目指し活動する、国連の食料支援機関です(詳しくは、次回の記事でご紹介します)。国連WFPが行っている学校給食支援とは、学校給食を提供するために必要な、食材・資金・技術を提供し、最終的にはその国・地域が自立して学校給食を運営できるようになることを目指す取り組みです。

【支援の規模】

国連WFPは、2018年は1640万人の子どもたちに直接、給食を届けました。国連WFPの技術提供を受けて給食事業を行った政府は2018年で65カ国で、3900万人の子どもたちが支援を受けています。

【給食の提供方法】

・給食は、朝食か昼食。両方が提供されることもあります。
・調理場があれば温かいメニュー、ない場合は軽食(栄養強化ビスケットなど)です。
・日本の給食のように何種類もの料理が出されることはありませんが、必要な栄養素が取れるよう計算されています。
例えばこんなメニューがあるそうです。

≪ウガリ≫

トウモロコシまたはキャッサバという芋の粉を、お湯で練り上げて作る。アフリカでは広く食べられている主食。芋、野菜などと一緒に提供される。

© WFP/Tala Louieh

◆レシピ(2~3人分)
(材料)
トウモロコシの粉 200g
水        200cc
(作り方) 
①沸騰させたお湯に、トウモロコシの粉を何回かに分けていれる
②木べらでこねるようにかき混ぜる
③湯と粉がしっかり混ざり合い、だんご状になるまで力を入れてかき混ぜる
④ふたをして、しばらく蒸す
※いくつかのHPでレシピを見ましたが、「力を入れてこねる」がポイントのようです!

≪おかゆ(ポリッジ)≫

トウモロコシと大豆の粉を溶かして煮たもの

© WFP/Marcus Prior

≪栄養強化ビスケット≫

10種類以上のビタミンとミネラルが加えられており、調理施設の無いところでも提供しやすいメリットがあります。

© WFP/Shehzad Noorani

【給食の食材、支援方法の広がり】

従来は国連WFPが穀物や野菜などの食材を提供し、それを調理する形が主流でした。しかし、最近では食料と交換できる引換券や現金で支援する形式も積極的に取り入れられています。これにより、現地の食文化に沿ったメニューの実現、生鮮食料品の活用も進んでいます。

食料不足によって社会と子どもたちに起こる問題とは

私もまったくそうだと思いますが、人はあまりにおなかが空いていると、集中力を保てません。当然育ち盛りの子どもたちは、お腹が空いていると、勉強に集中できません。
ただ、こうした親が子どもに十分食べさせられないような地域では、そもそも親たちが子どもを学校に通わせようとしません。なぜなら、子どもは生きていくための労働力でもあるからです。水汲み、子守り、農作業、家事などが子どもに任せられています。こうした社会では、一般的に次のような問題があり、子どもの健康も、未来も、脅かされています。

・環境の荒廃やインフラの不備、知識不足から農業の生産性が低い。収入を得る手段が限られ、貧しく、食料が不足している
・親は子どもを労働力とみなしており、学校には通わせず、仕事をさせている
・親も子どもも、毎日、十分な食事を取ることができない
・栄養不足のために、子どもは体の発達が遅れ、脳の発達にも悪影響が及ぶ。また免疫力が下がり、下痢・マラリアなど、予防も治療も可能な病気で死亡してしまう。
・子どもは教育を受けられないので、より収入の高い職業に就く機会が限られる
・発達が遅れた子どもは、たとえ幼児期を生き延びたとしても、生涯にわたり免疫力の低下、慢性疾患の可能性が高く、若年死亡のリスクも高い

結果として、貧困が連鎖し、社会全体の安定・発展も得られません。

このような社会において、「学校で給食を食べられる」という状況が起こると、何が変わるのでしょうか。

学校給食が子どものみならず、社会にもたらす好循環とは

まず、学校給食は、親たちにとっては、「1食、食べてくるならうちの子どもも学校に行かせよう」という強い動機付けになります。子どもたちはおなかが満たされ、勉強に集中できます。学校に通い続けることで、子どもは栄養状態が改善され、「学び」という栄養も加わり、心身ともに健全に発達することできます。子どもは、勉強を通じて、将来の希望を持ったり、より収入の高い職に就ける可能性が高まります。

一方で、給食で提供する食材は、なるべく地元で調達するようにしています。これは輸送や管理にかかるコスト削減の目的もありますが、それ以上に、地域経済への波及効果を狙っています。地元の農業組合から適正価格で、継続的に購入することで、小規模農家を経済的に支援し、地域の農業を活性化します。農業が活性化すれば、給食に限らず、地域の人びとが食料を得やすい状態になります。

また、給食の調理を、現地の若者を雇用したり、母親たちにボランティアで担ってもらうことで、参画意識が高まります。それが、地域の学校システムへの信頼につながり、さらに子どもたちの通学の継続が強化されます。

この関係を、システム思考でよく用いられる、ループ図であらわしてみました。

学校給食支援の波及効果を示すループ図

学校給食支援を起点として、左に向かうループでは、子どもの栄養改善、教育の普及、子どもたちの将来の可能性を伸ばすことにつながっています。右に向かうループでは、給食提供に伴って、地域の農業の活性化、地域経済の活性化につながります。真ん中のループでは、給食提供のプロセスに地域の人びとを巻き込むことで、学校制度への信頼の高まり、子どもの通学の継続がかなえられます。様々な要素がポジティブに作用しあうことで、社会全体の安定・発展がもたらされることが分かると思います。まさに、システム的な社会課題解決です。最終的には、国連WFPの支援なしに、学校給食制度が維持されていきます。

国連WFPの試算では、学校給食支援の取り組みで得られる投資効果は、3~10倍。費用1ドルあたり、3~10ドルのリターンが得られるのです!
https://ja1.wfp.org/school-meals

システムの好循環ループを強化するための、持ち帰り食材

国連WFPでは地域によっては、一定の出席率を満たした女子児童に、持ち帰り用の食料を配布しています。これは、男女の就学率の格差を解決するための取り組みです。「女の子は早く結婚して子どもを産むものだから、勉強はしなくてよい」といった考え方の残る地域もあります。持ち帰り用の食料が、女子児童が学び続ける環境づくりに貢献しています。

例えば、ネパールのある地域では、1997年に国連WFPの支援が始まった時の生徒数は、男子28人、女子3人でした。それが2017年には男子58人、女子68人になったそうです。(https://ja.news.wfp.org/18-23-50947911a01f

学校給食をきっかけに、夢の実現へと踏み出したニムドマ・シェルパさん

2008年に17歳でエベレスト登頂を果たした女性登山家ニムドマ・シェルパさんも、学校給食で育った一人です。
https://ja.news.wfp.org/13-4-853235dba5a6

国連WFP提供 ニムドマ・シェルパさん
© Mayumi Rui

ネパールは、特に農村部において、貧困と食料不足に悩まされています。ニムドマさんの出身の村も、同様でした。彼女は、給食が食べられることをきっかけに小学校に通い、学ぶことの楽しさを知ったそうです。なぜ山登りを?という質問に、彼女はこのように答えています。

「私は小さいころから人と違うなにか大きなこと、特別なことをやってみたいと思っていました。でもそれが何なのかわかりませんでした。16歳の時、自宅で雑談をしていた兄と友人にお茶を出した際に、『エベレストに登る女性登山隊メンバーを探している』という話を小耳にはさみました。その時、『これだ!』と思ってすぐに応募したんです。応募した後で兄にそのことを伝えると、『死にたいのか!』と猛烈に反対されました。ネパールは男性優位の社会で、女性は弱い存在だと思われており登山家も多くありません。エベレスト登山は精神的にも肉体的にもとても難しいと聞いていたので、なおさら挑戦したくなったのです。」

ニムドマさんが参加した女性登山隊「7サミットウーマンチーム」は、2008年にエベレスト登頂に成功し、2014年に目標の7大陸最高峰の全踏破を果たしています。

教育は存在すら知らなかった様々な世界への扉を開くもの」

ニムドマさんは登山家として活躍する傍ら、仲間らとネパール国内の小学校を訪問し、子どもたちに夢を持つこと、夢に向かって頑張ることの大切さを伝えています。彼女がいつも話すのが、「教育は存在すら知らなかった様々な世界への扉を開いてくれます」ということ。子ども、特に女の子たちに、学び続けることの大切さを伝えたいと考えているそうです。

また、チームはNGOを設立し、貧しさのために人身売買の被害に遭い、救出されネパールに戻った女性たちに向けて、登山ガイドになるためのトレーニングを提供し、彼女らの自立を支援するなど、さまざまな社会貢献活動を展開しています。(http://sevensummitswomen.org/)

SDGsの複数のゴールを同時にかなえる学校給食支援

国連WFPの学校給食支援は、社会にある課題は、ある一側面だけを切り出して解決しようとしてもうまくいかないこと、システムで捉えて介入策を考えることの重要性を、とても分かりやすく教えてくれます。

ですから、学校給食支援が貢献するSDGsのゴールは「2.飢餓をゼロに」だけではありません。次のようなゴールの達成につながります。

1.貧困をなくそう
4.質の高い教育をみんなに
5.ジェンダー平等を実現しよう
8.働きがいも経済成長も
10.人や国の不平等をなくそう
17.パートナーシップで目標を達成しよう

今回は、国連WFPの学校給食支援から、「社会の問題をシステム思考で解決する」について学びました。次回は、より幅広い文脈での世界の飢餓の現状と、国連WFPの活動について、ご紹介します。

第1回 「食べられる」が平和をもたらす!国連WFPの学校給食支援を、システム思考で分析&解説
第2回 国連WFPに学ぶ、DXによる社会課題解決:テクノロジーを味方にする鍵は深い現場理解
第3回 SDGs実践・浸透に向けて:ビジネスは世界の課題解決とどうつながれる?国連WFPのケース


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