幸福な人は高いパフォーマンスを発揮する、といわれています。
例えばこんな数字を目にしたことはありませんか? 
「幸せな従業員は生産性が31%、売り上げが37%、創造性が3倍高い」
これらの数値がどのような実験や研究にもとづいているのかを、きちんとおさえておきたいと思い、参照されている「幸福学の父」とも称されるエド・ディーナー博士らによる論文に当たることとしました。

今回の記事では、ディーナー博士の2つの論文から、ウェルビーイングと個人・組織のパフォーマンスの関係についてわかったことをご紹介します。

成功は人を幸せにする。では、幸せな人は成功するのか?

冒頭にご紹介した数字は2012年にビジネス・マネジメント誌の記事に記載されています。その記事では、ディーナー博士らの以下の論文が参考文献として明記されています。

「The Benefits of Frequent Positive Affect: Does Happiness Lead to Success? (ポジティブ情動を頻繁に経験することの利点:幸福は成功につながるのか?)」ディーナー、リュボミアスキー、キング, 2005年

ディーナー博士はウェルビーイング研究の第一人者であり、博士の開発した人生満足感尺度は、幸福度を測定する指標として世界中で利用されています。

ディーナー博士らは、「成功は幸福感を生むが、幸福な人が成功するという逆方向の関係もまた成立するのではないか」と考えました。その考えが正しいかどうかを調べ、結果について述べたのがこの論文です

ディーナー博士らが行ったメタ分析の目的と内容

調査に用いられたのは、過去に行われた同じテーマを持つ複数の研究結果を統計的に統合し、大きな視点でとらえる「メタ分析」という手法です。

博士らは「喜び、興味、誇りなどのポジティブ感情を経験する頻度の平均が高いこと」を「幸福」と定義しました。そして、幸福と成功の関係をテーマにした過去の論文225件(被験者総数275,000人以上)をとりあげ、そのデータを統計的にまとめて、両者の間に相関関係があるといえるのかどうかを分析しました。この場合の「成功」の定義は行われた研究によって異なりますが、仕事にまつわるものをあげると、「上司や顧客から高い評価を受ける」「優れた業績を生む組織風土がある」「売り上げが多い」「仕事に対する満足度が高い」「燃え尽き症候群にならない」「離職しない」「所得が多い」などです。

論文の結論:幸福と成功に相関関係はある。ただし、相関と因果は違うことに注意

分析の結果、人生で重要な「仕事」「恋愛」「健康」のすべての領域で、幸福と成功の間にプラスの相関があること、そして、幸福感と人として好ましい社会性、創造性などの特性の間にも、プラスの相関があることが示されました。博士らの考えた通り、幸福と成功の間には密接な関わりがあり、どちらかが変化すると他方も変化することがわかったのです。ただし、因果関係、つまり幸福度が高まるにつれて大きな成功が得られ、幸福度が下がると得られる成功が小さくなる、という直接的な原因と結果の関係が示されたわけではありません。また、生産性、創造性、売り上げがどのくらい向上するかについての記述は、この論文には見当たりませんでした。そもそも論文の目的は、幸福と成功の間に相関関係があるかどうかを示すことであり、こうした数値を求めることではありませんでした。

論文の結論から生まれた新しい問い

明らかにしたかった数字の根拠はわからないままですが、むしろ分析対象となった225件の論文のデータを15ページにわたって示した上で進められる冷静な分析が強く印象に残りました。確かに、人の生産性・売り上げ・創造性はいずれも複雑な要素が絡み合って結果が出るもので、単純な図式にまとめるのは難しいような気がします。それと同時に、この論文で示された「幸福度の高い個人は人生のさまざまな領域でより成功する傾向がある」という結論からは、こんな関心もわいてきます。「幸福な人がたくさん集まる組織は、高いパフォーマンスを発揮するといえるのだろうか?」 この新しい問いに焦点を絞ってリサーチを続けていくと、ここでもまたディーナー博士の論文に行き当たりました。博士は、従業員の幸福と組織のパフォーマンスについても深掘りし、その結果を論文に発表していたのです。

働く人々のウェルビーイング向上は、組織のパフォーマンスを向上させるのか?

「Does positivity enhance work performance?: Why, when, and what we don’t know(ポジティブさは仕事のパフォーマンスを向上させるのか? :その理由、タイミング、その他の疑問)」ディーナー、テニー、プール, 2016年

2016年に発表されたこの論文は、多数の研究結果からウェルビーイングと個人や組織のパフォーマンスの関係を読み取り、考察を加えたものです。2005年の論文に出てきた「happiness(幸福)」の表現は、ここでは「subjective well-being(主観的ウェルビーイング)」(※)に代わっています。この間にウェルビーイングやポジティブ心理学の研究は進み、その中で得られた知見を実務に生かそうとする流れも生まれていました。従業員のウェルビーイングが向上すれば目に見えて組織の業績も上がる、という単純な期待もそこにはあったかもしれません。けれどもこの論文は、「従業員のウェルビーイングと組織のパフォーマンスの間に相関関係はあるが、その関係性は小さいか中程度」という前提にもとづいています。つまりこの時点で博士らは、ウェルビーイングの高い働き手がいることが組織のパフォーマンス向上に直接つながるとは考えていません。むしろ、相関関係を示す数値が大きくならないのはなぜなのかを探ろうとしていたのです。

※主観的ウェルビーイングについてはこちらの記事で解説しています

従業員のウェルビーイングと組織のパフォーマンスをつなぐ経路とは

博士らは、従業員のウェルビーイングは何らかの経路を通って組織のパフォーマンスにつながる、としました。この場合の組織のパフォーマンスとは、生産性や収益性を指します。そしてその経路には今わかっているだけでも7種類、もしかしたらもっとある可能性も考えられる、というのです。それがこちらの図です。この7つ、「健康状態の改善」「欠勤の減少」「自律性の向上」「高いモチベーション」「創造性の向上」「ポジティブな関係性」「離職率の低下」は、専門的には媒介変数と言われます。従業員の主観的ウェルビーイングと組織のパフォーマンスを媒介する、つまり両者の間にあって影響を及ぼす要素、ということです。

出典 ”Does positivity enhance work performance?: Why, when, and what we don’t know-Fig. 1.”(日本語訳は㈱ビジネスコンサルタント)

従業員のウェルビーイングと組織のパフォーマンスをつなぐ経路に影響を与える要素とは

さらに博士らは、これらの経路に影響を与える要素があることにも目を向けました。例えば、従業員のウェルビーイングが上がると、「欠勤が減少する」という効果があり(経路)、それがパフォーマンス向上という結果につながる、という関係はあります。けれども、有給休暇制度が整っていない、自分の稼ぎに家族の生活がかかっているといった事情がある場合も、欠勤は減る可能性がある、というのです。論文の中からもうひとつ、「離職率」についても見てみましょう。従業員のウェルビーイングが上がると、「離職率が減少する」という効果が生まれ(経路)、それがパフォーマンスを上げることになりますが、売り手市場の時や、従業員が希少なスキルの持ち主である場合は、離職率は上がります。つまり、ウェルビーイングとパフォーマンスをつなぐ経路は、さまざまな要因で強まったり弱まったりする、ということなのです。この経路を強めたり弱めたりする要素のことを、専門的には調整変数と言います。

論文の結論:相関関係は大きくない、その理由

論文の中では、相関関係が大きくない理由を他にもいくつか示していますが、注目するべきは「個人や組織のパフォーマンスを決める要素はたくさんあり、ウェルビーイングはそのうちのひとつに過ぎない。影響を与えるものがこれほど多くあるということは、そのうちのひとつである要素が持つ影響力は大きくても中程度であろう」という考察です。

ウェルビーイングとパフォーマンスの関係についてはまだわかっていないことが多い

多くの研究者が認める通り、ウェルビーイングの研究はまだ歴史の浅い分野で、わかっていないこともたくさんあります。例えば創造性について考えてみましょう。ウェルビーイングの高い人が優れた創造性を発揮することは確認されているものの、「創造性を左右するのはウェルビーイングよりも動機の強さであり、創造性を発揮している人の心の中はもっと複雑である」と考える学者もいます(Eddie Harmon-Jonesら、2013年)。また、ディーナー博士自身も「ネガティブな感情の動きや現状への不満が創造性につながることがある」(2016年)と認めています。

まとめ:ウェルビーイングとパフォーマンスの関係について語るときに気を付けたいこと

データの根拠が知りたくて始めたリサーチでしたが、ウェルビーイングとパフォーマンスの関係を語る際の、重要なポイントを理解することができました。

・従業員のウェルビーイングと組織のパフォーマンスの間には相関関係がある。ただし、因果関係があることは実証されていない。

・その相関関係は一般的に大きくない。そうなる理由は、両者を結ぶ経路(媒介変数)が多数あって、その経路の効果に影響を与える要素(調整変数)も多数あるから。

学術的な研究結果として数字で効果を示されると、私たちは注意をひかれますし、良いものだと思いがちです。でも、わかりやすいデータに飛びつかず、自分の目でその根拠を探すことも重要ですね。

従業員のウェルビーイングが高まると、個人的な幸福感が高まり対人関係が良くなり、仕事にも前向きになる。相手を思いやり、集団のために良いことをしようという向社会的なふるまいも増える。こうした個人の態度、ふるまい・関係性がめぐりめぐって組織がうまく回るようになり、結果的に組織の生産性や収益性を高めることにつながる。このようなウェルビーイングとパフォーマンスの関係は、現場に接している人なら日々実感していることなのかもしれません。ここでふと頭に浮かんだのは、「情けは人のためならず、めぐりめぐって己がため」ということわざです。リサーチの中で見えてきたのは、私たち日本人にとっておなじみの知恵だったのでした。

【参考文献】

“Positive Intelligence” Shawn Achor (Harvard Business Review January–February 2012)

“The Benefits of Frequent Positive Affect: Does Happiness Lead to Success?” Ed Diener, Sonja Lyubomirsky and Laura King (Psychological Bulletin, 2005, Vol. 131, No. 6, 803– 855)

“Does positivity enhance work performance?: Why, when, and what we don’t know” Ed Diener, Elizabeth R. Tenney and Jared M. Poole (Research in Organizational Behavior 36 (2016) 27-46)

“Does Negative Affect Always Narrow and Positive Affect Always Broaden the Mind? Considering the Influence of Motivational Intensity on Cognitive Scope” Eddie Harmon-Jones, Philip A. Gable, and Tom F. Price (Current Directions in Psychological Science, 2013, Vol. 22, Issue 4, 301-307)

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