株式会社ビジネスコンサルタントが主催するWell-being共創ラボでは、2024年2月22日、第4回Well-being共創会を開催しました。テーマは「Well-beingが循環する会社作り~地域に愛される経営で、ビジネスも社員も幸せに~」。ご登壇いただいたのは、こちらのお二方です。
ヤマサちくわ株式会社 代表取締役 佐藤元英様
株式会社machimori 代表取締役 市来広一郎様
この記事では、machimori代表の市来さんのご講演「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」をご紹介します。
machimori(マチモリ)は、まちづくりを本業とする会社です。市来さんは、熱海生まれ熱海育ち。大学院で物理学を修了したのちバックパッカーを経て、ビジネスコンサルティング会社に勤務。2007年熱海にUターンし、仲間とともにmachimoriを立ち上げ、熱海のまちづくりに取り組み始めました。今、熱海には若い人やクリエイティブな人たちが集まり、昔ながらの街の魅力が再発見されるとともに、新たなお店も増えて、にぎわいを取り戻しつつあります。その仕掛け人として、どのように課題を設定し、取り組みを展開してこられたのか、お話しいただきました。
失われた熱海のにぎわい
かつては団体旅行でもっともにぎわう温泉地のひとつであった熱海。全盛期であった1960年代の観光客は年間530万人もいました。しかしその後、バブル経済の崩壊、旅行ニーズの変化などを受けて、観光客数は減少。1990年代から旅館・ホテルの廃業が続いて廃虚のような景色となってしまい、メインストリートの商店街でも3分の1が空き店舗となってしまいました。市来さん自身も、子供時代に「あそこの旅館が廃業した」といった話を耳にしたり、まちが活気を失っていく様を肌身で感じたりしていたそうです。観光客数は、もっとも落ち込んだ2011年で246万人と、ピーク時から半減。観光業の衰退とともに、人口は5万人超から3万人へ、高齢化率は上昇し、空き家率は50%を超え全国の市でワースト1位。生活保護者率、出生率、未婚率等も静岡県内でワースト1・2位。市来さんらがまちづくりに取り組み始めたとき、熱海のまちはさまざまな難しい課題に直面していました。
地元の人の暮らしを大事に
市来さんがバックパッカーとして世界各地を回りながら魅力を感じたまちのひとつは、クロアチアのドブロヴニクでした。アドリア海の真珠と称され、中世の街並みが人気の観光地です。地元の人の普通の暮らしがありながらも、海外から多くの人が訪れる観光地として成り立っていることに魅力を感じたのだそうです。
それと比べ、熱海で市来さんが感じていたのは「なんとなく観光客が優先されていて、地元の人の暮らしはその次」という雰囲気。その違和感から、machimoriのまちづくりは「地元の人の暮らしを大事にしたい」という思いがベースになっています。
本当の課題は、熱海の人が熱海に抱くネガティブなイメージ
2007年、machimoriが最初に着手したのは、観光客ではなく熱海に暮らす人たちに向けた取り組みでした。観光地でのまちづくりというと、「観光客を増やす」施策を打とうとするのでは、と思いませんか。しかし、市来さんたちが本当の課題と捉えたのは「熱海に暮らす人々の意識」でした。
調査をすると、熱海の外の人が熱海に持つイメージよりも、熱海に住む人が熱海に持つイメージの方が悪いことが分かりました。象徴的なのが「熱海でおすすめの場所はありますか?」という観光客からの質問に、「熱海には何もありませんよ」「そんなところに行ってもねぇ」と答える地元の人たち。市来さんたちは、外から人を呼び込む前に、熱海の人たちが熱海を好きになる必要があると考えます。
熱海の魅力を再発見、「熱海オンたま」
そこで2009年に始まったのが、「熱海オンたま(熱海温泉玉手箱)」です。これは、地元の移住者・別荘所有者や住民向けの、熱海のまちなかをめぐる体験交流プログラムを集めたイベントです。多いときには1カ月間で73種類の体験プログラムを行い、延べ5000人ほどが参加しました。
地元の方にとっては当たり前でも、昭和レトロな熱海の中心街のたたずまいは、まちの魅力です。路地裏のお店を紹介したり、地元の資源を生かした体験を提供したりといったことで、見過ごされていた熱海の魅力に気付く人を増やしていきました。オンたまを特に喜んでくれたのが移住者の人たち。そうした人たちがまた新しい人を呼び込み、熱海の魅力を伝えていき、メディアにも取り上げられるようになりました。
結果として、地元住民のなかで熱海のイメージが変わったと答えた人が70%となりました。また、熱海で新しいチャレンジをしたい人、熱海のファンになってくれる人など、多くの人とのつながりが生まれました。
リノベーションと人材育成による熱海銀座の再生
まちに開放的な雰囲気が感じられるようになった2011年から着手したのが、熱海銀座の再生です。熱海の繁華街全体にいきなりアプローチせず、最初は熱海銀座という限られたエリアを活性化することで周辺に好影響が及ぶことを目指したのでした。公的な補助金に頼らず、ビジネスとして成立させながら、30代のクリエイティブな人に選ばれるような、サードプレイスとしての熱海の魅力を高めることを目指しました。
取り組み①空き家のリノベーション
当時熱海の中心街の空き家率は23%でした。空き家を借りてリノベーションし、machimoriが運営するカフェ「café ROCA」を構えました。その後、古い建物をリノベーションして店舗として貸し出すモデルを確立しました。
取り組み②マルシェイベント
熱海で創業したいという人が、お店を構える前に小さなチャレンジができるマルシェを開催。当初は反対する人や不満を言う人もいましたが、継続することで、新しく来た人との交流が徐々に進みました。
「まちやど」でまちに繰り出す観光客を増やす
実はここまで、machimoriとしては新たな観光客を呼び込むための取り組みはしていません。だいぶ環境が整ったという実感を持てた2015年、10年間空き店舗だった建物をリノベーションしてゲストハウス「マルヤ」を開設、その後もコワーキングプレイス「naedoco」やユニークな宿泊施設を造っていきました。そのコンセプトが「まちやど」。一つの建物で受付から食事、買い物すべてが完結する従来のホテル・旅館とは違い、宿泊者が食事や買い物をしようと思ったら自然とまちに繰り出すような仕掛けにしています。
同時に、官民連携で創業支援のための人材育成にも取り組みました。
こうした取り組みの結果、熱海の町中に個性ある魅力的なお店が続々と出店するようになりました。現在、熱海銀座商店街の1階部分では空き店舗率0%となり、雇用が増加、地価も上昇しました。
次なる取り組みは、熱海ではたらく人が町で暮らす仕掛け
そして今、市来さんたちが力を入れているのが、熱海ではたらく人が住むための場所づくりです。熱海の住居は2極化しており、高級リゾートマンションか、風呂無しの古い物件が多いのです。そのため、はたらく人が熱海で住まいを見つけることは難しく、他から通っている人が多くいます。古い物件をリノベーションして、銭湯も作り、まちやど同様に「まちごと居住」を実現しようとしています。
イベント後は、市来さんのご案内のもと熱海のまち歩きへ。ゲストハウスマルヤを起点に、昭和レトロな雰囲気の街並みを散策しました。外から見ただけだとちょっと扉を開けづらいけれどおいしいお店や雰囲気のあるお店が並んでいます。machimoriが運営するユニークな宿泊施設、最後はコワーキングスペースnaedocoをガイドいただき、楽しみながらリノベーションまちづくりの現場を見学しました。
熱海に暮らしてきた人たち、熱海を訪れる人たち、新たに熱海ではたらき暮らす人たち、みんなのウェルビーイングが育まれるような普通の暮らしを大事にするmachimori市来さんらのまちづくりの実践をご紹介しました。「熱海の人の熱海に対するイメージをポジティブに変えよう」という当初の課題設定。「まちやど」「まちごと居住」という、1カ所ですべてを充足せず、人が出掛けて新しいつながりが生まれるような小さな仕掛けをまちの中にたくさんつくる、というまちづくりのアプローチ等。どれもとてもユニークで視点を変えさせられるものでした。まちづくりといっても、一つの大きな取り組みや大きな投資で活性化するのではなく、点のような小さな取り組みを熱海の中心地に仕掛け、さらに次の取り組みへとつなげて大きな成果を出している様子が印象的な講演でした。
同じくWell-being共創会でご登壇いただいた、ヤマサちくわ株式会社代表取締役佐藤様のお話はこちらから 「地域を愛し、地域に愛される経営で、ビジネスも社員も幸せに」
株式会社ビジネスコンサルタントでは、人材開発・組織開発のアプローチで、組織のウェルビーイング向上をご支援しています。お気軽にお問合せください。
京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。