2024年10月に社名を「カナデビア株式会社」に変更した日立造船株式会社。2023年3月、2050年に目指す姿であるサステナブルビジョンを制定し、社会課題をビジネスの力で解決していく姿勢を強く打ち出しています。
同社では、このサステナブルビジョンの策定に当たって、北欧を中心に世界各国で活用されているサステナブル戦略検討のフレームワークを活用したプロジェクトを展開しました。参画したのはグループ会社含めて約80人、検討期間は約1年半という全社的なプロジェクトでした。サステナビリティの観点で自社の強み、課題を捉え直し、2050年に向けたビジョン、成功の柱(マテリアリティ)を明らかにし、実現にむけたロードマップを描きました。
このシリーズでは、プロジェクトの特徴、成果や得られた学び、成果を上げるためのポイントなどをご紹介します。これからサステナビリティ推進に取り組もう、すでに取り組んでいるがもっとより良いやり方に変えたいとお考えの方の参考になれば幸いです。(組織名・お役職は取材時のものです)
この記事では、このプロジェクトの中心を担ったサステナビリティ推進室の室長友岡さん、杉山さん、中村さんに伺ったお話から、なぜカナデビアグループがサステナブルビジョン策定に取り組んだのか、また議論を重ねて生み出されたサステナブルビジョンについてご紹介します。

左から杉山さん、室長友岡さん、中村さん
海から陸へ、安心安全でサステナブルな社会を支える事業展開
カナデビア株式会社は1881年に英国出身の実業家ハンター氏によって、大阪鐵工所として創業されました。長年日本の造船業をけん引した同社ですが、現在では、技術を強みに環境や資源・エネルギーの課題を解決し、安心安全でサステナブルな街づくりにつながるビジネスを多角的に展開しています。大型船舶には、その中でたくさんの人が長期間暮らすための設備が備わっています。つまり造船を通じて、陸では街づくりに応用できる数多くの技術が培われました。そのため創業間もないころから陸での事業も多角化を進め、海外企業との技術提携やM&Aも行ってきた結果、現在では以下のような事業領域となっています。
・世界トップシェアを誇るごみ処理発電施設をはじめとする環境事業
・炭素を資源にする、脱炭素化事業
・海水淡水化や水処理
従来から環境問題の解決につながる事業に取り組んできた同社ですが、2023年3月、2050年に目指す姿であるサステナブルビジョンを新たに制定しました。
「あえて、環境と言わなくても」
サステナビリティ推進室が立ち上がったのが2021年10月。その前身として、気候変動対策に取り組むプロジェクトがありましたが、メンバーは全員兼務でした。上場企業として十分な対応をするために、専任部門として設置されたのがサステナビリティ推進室でした。社内での略称は「SUS室」です。
「サスって何ですか?」
「あ、ステンレスですよ」(友岡さん)
SUSはステンレスの略号です。同社ならではのユーモアあるやりとりをしながら、まずはサステナビリティという言葉を広めることからのスタートでした。
友岡さんによると、長年環境事業に取り組んできた同社だからこその強みと弱みがあって、「環境問題には取り組んできた」という自負もあり、「環境問題に向き合うのは当たり前のことだ」という認識がありました。それが逆に「あえて環境と言わなくてもいいのではないか」「当社はできている」という雰囲気・認識につながってもいたそうです。推進室ができてすぐの経営幹部のオフサイトミーティングで、友岡さんが「CO2排出ゼロを目指しましょう、皆さんの力を貸してください」という所信表明をした際も、まだ大きな共感は得られませんでした。
サステナビリティ推進の原動力とは
そのような社内の雰囲気であっても、現場を巻き込んでサステナブルビジョン策定に取り組めたのにはいくつかの理由がありました。
もちろん現在は、温暖化ガス排出量や廃棄物の削減、自然資本の管理、人権保護やガバナンスの強化など、上場企業に対してはサステナビリティの文脈で多くの対応が求められています。しかしカナデビアの場合、これだけがサステナビリティ推進の原動力となったわけではありません。
①経営トップのコミットメント
サステナビリティ推進は、代表取締役三野氏が委員会のトップを務めており、将来を見据えた重要な経営課題であるとともに、三野氏自身が思い入れを持って取り組むものでした。
三野氏は、技術者として環境関連事業に長年携わってきました。2023年のアニュアルレポートでは以下のようにご自身の思いに触れられています。
「私自身は、大学で土木や環境工学などの環境衛生を学び、廃棄物処理に伴って発生する二次的な汚染を防ぎたいという思いで、1982年に当社に入社しました。当時は環境汚染や公害が問題となっており、その分野で活躍できる技術者になりたいと考えていたのです。当時の当社は造船・海洋が中心で、環境関連は売上高の数%にすぎませんでした。」
②経営環境の変化への対応、中長期的な成長
前述のとおり、カナデビアでは多角化した事業を展開しており、各事業・ビジネスユニットは独立性が高くなっています。すでに環境問題への意識の高まりをビジネス上の好機と捉えている事業もあれば、まだそこまでの認識ではない事業・機能部門もありました。サステナビリティへの取り組みの機運が高まる外部環境を踏まえ、顧客への提供価値において、そして自社の製造・営業活動など事業運営において、全社でサステナビリティに取り組むためには、目指す姿を示し、共通理解をはかる必要性がありました。
三野氏の技術力で環境を改善・回復したいという思いと、多角化する自社の事業をサステナビリティの軸で再定義して強みと機会を明確にし、次の成長につなげようという戦略的な意思が、今回のプロジェクトの原動力となりました。
環境負荷ゼロ、幸福を最大化
強く印象に残るサステナブルビジョンを制定
2023年3月に制定されたカナデビアグループのサステナブルビジョンがこちらです。
環境負荷をゼロにする
人々の幸福を最大化する
実はこのビジョン、当初はもっと長い文章でした。議論を重ねて作った案を経営幹部に報告するも「長すぎる」「メッセージに力強さがない」というフィードバックを受けるなど、何度も見直してやっとたどり着いた表現でした。
「短いからこそ強い印象を残せる、記憶に残りやすい」「話す人が自分の思いを乗せて語ることができる」のでビジョン浸透に効果的なのではないかと、友岡さんは評価しています。
このサステナブルビジョンとともに、「成功の柱」(マテリアリティ)も発表しました。成功の柱は7項目。ビジョンと社会課題を踏まえ、リスクと機会を特定し、社会とステークホルダーの視点、事業継続へのインパクトの視点から定めました。
サステナブルビジョンと成功の柱は、全社に加え、各事業・機能部門でも定めています。
※検討の進め方については、弊社ホームページの記事でもご紹介しています。ぜひご覧ください。
サステナブルビジョン、長期ビジョン、中期経営計画を統合、自社の姿勢を明確に打ち出す
サステナビリティへの取り組みを着実にビジネスに組み込んでいくため、従来より掲げてきた2030年の長期ビジョンも一部見直されました。
当社グループは2050年にめざす姿を示した「サステナブルビジョン」を新たに策定し、その実現に向けたマイルストーンとして、従来の長期ビジョンを一部見直しました。近年、 気候変動対応、環境の保全・再生、安全・安心な社会の実 現に向けた取り組みがこれまで以上に企業に求められていることから、「2030 Vision」では、「サステナブルビジョン」で 定めた7つの「成功の柱」(マテリアリティ)を念頭に、当社 グループの事業分野を「脱炭素化」「資源循環」「安全で豊かな街づくり」に再定義しました。当社グループは、「サステナブルで、安全・安心な社会の実現に貢献するソリューションパートナー」として、これら3つの事業分野における社会課題の解決に積極的に取り組んでいます。
(カナデビアグループ2023年アニュアルレポートより)
サステナブルビジョンを実現する道筋を可視化
サステナブルビジョンをどのように実現していくのか、全社レベルおよび各事業部門・機能部門レベルで、具体的な施策を織り込んだロードマップとKPIも策定しました。
ロードマップでは、2050年を念頭に全社/各事業のありたい姿(ビジョン)からバックキャストし、成功の柱を具体的に実現するための道筋、取り組み課題を設定しました。特に直近3か年は、中期経営計画と連動してロードマップを描いており、具体的に取り組むテーマと、それが達成できたと判断するための数値目標(KPI)を定めています。これは、サステナビリティの取り組みをビジネスと切り離さず、着実なPDCAを回していくための重要な仕掛けとなっています。
このようにビジネス全体のサステナビリティについて包括的な検討ができた背景には、
・プロジェクトの体制づくり
・中期経営計画等と検討タイミングを調整した
といった工夫に加え、「サステナビリティ実現を考えるのに適切なフレームワークを活用」したことなどがあります。
次回の記事で詳しくご紹介します。
株式会社ビジネスコンサルタントでは、サステナブルビジョンや推進計画の策定、サステナビリティの全社浸透を組織開発アプローチでご支援しています。お気軽にお問合せください。

京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。