十勝バスの三方ならぬ「四方よし」経営。売り手よし、買い手よし、世間よし、競合相手よし、という4つの観点で、地域にも自社にも持続可能な未来をもたらす経営活動について考えるシリーズです。第2回目の今回は「顧客よし」。かつてはクレーム続きだった同社は、どうやって顧客よしに取り組んでいったのでしょうか。
第1回:十勝バスに変革へのエネルギーをもたらした「売り手よし」についてはこちらから。
多くの乗合バス事業者は、利用者の減少は少子高齢化・人口流出・マイカー普及といった社会構造の変化に起因するものであるから、その流れは止められないと捉えています。野村社長が皆を巻き込み改革に着手するまでの十勝バスも、同じ発想だったのではないかと思います。
しかし野村社長らは、そのトレンドを変えることに取り組みました。それが、同社が話題を集めた取り組みでもある、乗合バス事業会社としては全国初の「飛び込み営業」です。
路線バス会社として型破りの「戸別訪問」で分かったこと
「僕らの営業は、ポスティングではなく、ドアを開けて直接お客さまと対話するスタイルです。これはお客さまをどうポジティブな状態にするかの取り組みだと思っています。そしてそれは、まず自分たちがポジティブな状態でなければできないことです。本当に不思議なことなんですけれど、現実に市民のご自宅を1軒1軒伺って、チャイムを鳴らすと、在宅されているお宅の7割は会って話を聞いてくれます。時間も人員も有限ですから、帯広17万人、十勝で36万人、すべてのお宅を回りきれているわけではない。でも帯広の中では、ある時期、みんなが十勝バスに回ってもらったという雰囲気になっていったように感じました」(十勝バス株式会社 代表取締役社長 野村文吾氏)
戸別訪問をしてみると、バスに乗ってもらえない理由は意外なところにありました。
-バスの乗り方が分からない。
「バスは前から乗るの?後ろから乗るの?」「お金はいつ、どうやって支払えばよい?」
-いつ、どのバスに乗ればよいのか分からない。そのため、買い物・通院など日常的な用事はあるが、「知らない」がゆえに、移動手段としてバスが選択肢にすらならない。
そこで、バスの乗り方案内、地域ごとに買い物や通院といった目的別のルート案内を作りました。それらを各家庭に配布し、また戸別訪問の際に説明をすると、少しずつですが利用者が増えるようになりました。
買い手の課題解決のためには、1対1で向き合おう
「僕はずっと以前から失敗を続けてきたので、成功事例ではなくて失敗から立て直す経験が僕の中にはたくさんあって、そのひとつかふたつの原理原則を、実はこの会社でもやっていただけなんです。何が原理原則だったかと言うと、1対多にもちこまず、1対1に持ち込むということ。」
「たくさんの人と自分一人というのは通じ合うチャンスを失ってしまう。1対1に持ち込むことで成果を出せた経験がこれまでに何回かありました。そのうちの一例ですが、いろんなことで僕に強い不満を感じていたり、ものすごく強く反対されたりするとき、1対多で話しているとあれもこれも課題だとなってどうしても解決しません。しかし1対1で話すと、不思議と課題はひとつかふたつしかなくて。Aさんと話したら1か2、Bさんと話したら3か4。しっかり話すことでそれぞれの思い・意見がよく見えてくるので、重なる点が分かり、全体としては限られた数個の課題に集約されます。それにしっかり取り組めば、できていなかった時とのギャップ感が出て、信頼をつみあげることになります。どんなに難しい注文であっても、諦めることなく、成果が出なかったとしても、諦めることなく取り組む。すると、難しい課題を言った側の方々が、よし分かったと、これをやってみてくれと、やりやすい課題をくださったりしますよね?」
「戸別訪問も、実はその手法なんです。1対1で課題を引き出し、それについて取り組むと、お客さまはすごく信頼してくれて、じゃあこんなこと言ってみようか、そこまで言うならバスに乗ってみようか。乗ってみると、意外にそんなに不便なものではなく、見えないお化けを怖がっていたようなもので、利便性を感じていただける。全員が何回も何回も乗ってくださるということにはならないかもしれませんが、何人かはリピーターになってくださった。バス業界のお客さまは減っていくばかりですから、一度プラスのトレンドになると、マイナスとプラスを足すと、かなりのV字になっていったのが当時の流れです。」
「そして、本当に運が良かったのは、他の業界、普通の企業では当たり前なのに、バス業界ではどこも飛び込み営業をやっていなかったんです。そこでニュース性が出て、マスコミの力も借りることができ、ミュージカルにもなりました。僕たちが苦しんで改革してきたさまを市民の皆さまが知ってくれて、応援してくれるようになりました。友人たちも飲みに行くならバスに乗るぞ、とSNSに流してくれたりしましたよ。」
1対1をきっかけに始まった、業績回復
こうしてつかんだ顧客の困りごとやニーズを踏まえて、十勝バスは新たなサービスも次々打ち出していきます。
-路線バスに施設利用券・サービス券を組み合わせて、近郊へのお出掛けを提案する商品:日帰り路線バスパック
-通勤定期を持つ人は、土日に市内を走るバスを自由に使えるようにするサービス
結果として、
【2011年度】
一般生活路線0.5%増
路線バス全体4.3%増
【2012年度】
一般生活路線11.7%増 (前々年度対比12.2P増)
路線バス全体 12.4%増 (前々年度対比16.5p増)
全国の地方で初、同社としてもまさに40年ぶりの利用客増加を実現しました。
次記事:「世間よし」で挑戦する新規事業_十勝バス「四方よし」に学ぶサスティナブル経営③
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京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。