「三方よし」と言えば、言わずと知れた近江商人が大事に受け継ぐ経営哲学/価値観です。
売り手よし、買い手よし、世間よし、ということで、事業成長と永続する組織づくりのためには、短期的な目先の売上・利益だけにとらわれず、自社・顧客・社会の3つのバランスを取るべきとする考え方です。日本らしい良き経営のお手本として捉えられてきました。
今回私たちが出会ったのは、三方よしを超えてまさに「四方よし」を実現しようとしている企業、十勝バス株式会社です。十勝バスは、その業績回復ストーリーで名前を知られるようになった、帯広市に本社を置く路線バス事業者です。その経営モデルは、売り手よし、買い手よし、世間よし、に加えて「競合相手よし」の4つの要素を兼ね備えています。競合する企業と競争するばかりではなく、協働することで地域を元気にし、自社・競合他社・地域の人々にとって持続可能な発展を実現することを本気で目指しています。同社の歩み、これから目指していることから、地域に根差したサスティナブル経営を実践するためのヒントを学んでいきたいと思います。
路線バスの常識を破る取り組みに次々挑戦、十勝バス株式会社
私たちは、「サスティナブルで地域密着型のCSR活動」の記事にてお話を伺った北海道コカ・コーラボトリング株式会社 常勤監査役 上島信一様(お役職は取材当時)のご紹介で十勝バス株式会社 代表取締役社長 野村文吾様にお会いする機会を得ました。
十勝バスは、苦境の続く地方の民間乗合バス事業者のなかで初めて、利用者数を増やし、収益を大きく改善した会社です。
十勝バス株式会社
設立: 大正15年
資本金: 5000万円
社員数: 270名
車両数: 129両
主な事業:
一般乗合バス・一般貸切バス・ジャンボハイヤー・福祉ハイヤー・介護事業 等
営業エリア:
十勝管内14市町村
地方の乗合バスの8割は赤字経営、かつての十勝バスも
日本の乗合バス業界というのは全国的に厳しい経営状況に置かれています。現在日本では、官民合わせて2217社の乗合バス事業者があります(公営25、民営2,192)。国土交通省が調査対象としている保有車両数30台以上の246社のうち、6割超を超える157社が赤字経営です。大都市部以外で営業する165社に絞ると、8割を超える136社が赤字経営というのが実態です(2016年、http://www.mlit.go.jp/common/001212114.pdf)。
十勝エリアでも、利用者のピークは昭和44年の2,300万人でした。それから利用者は減少し続け、平成22年には402万人とピーク時の8割減となりました。十勝バスでは、資産売却、車両更新引き伸ばし、人件費6割削減(平成2年~22年まで)といった、厳しい合理化を行っていました。
「賃金もカットされ、社員たちは心がすさんで、荒々しくなっていて。使命感だけで会社に残っていました。それが運転に影響して、お客さまにあたったりして、非常に評判の悪い会社でした」(十勝バス株式会社 代表取締役社長 野村文吾氏)
このような会社において、前向きな変革を起こすのが難しいことは想像に難くありません。
倒産寸前の会社をあえて引き継いだ野村社長
同社の変革のストーリーは官公庁からテレビ・新聞といったメディア等でさまざまに取り上げられ、ミュージカルにもなったほどですので、御存じの方も多いかと思います。
詳しいストーリーは、十勝バスを取り上げた書籍『黄色いバスの奇跡』(2013、総合法令出版吉田理宏著)に紹介されています。十勝バスの経営を引き継ぐ前後の野村社長は、
-大学卒業後は東京の総合不動産開発会社に入社し、本社勤務となり、会社を継ぐことはほとんど具体的に考えていなかった
-北海道の拠点に務めていたある日、父親が「話がある」と言って訪ねて来て、会社をたたむことを告げられる。それは株主であった文吾氏への、経営上必要な手続きであった。
-その晩、眠れない夜を過ごす。「自分を育ててくれた」会社や十勝の人々へ恩返しをするため、会社を継ぎ、立て直しに挑むことを決意。翌日父親にその思いを話すものの、猛反対される。
-1998年、父親の同意は無いままに、勤めていた会社を辞め、家族と共に帯広に。十勝バス株式会社に経営企画本部長として入社。初日に社長から「あとはお前が自分ですべてやれ」と、実印を渡され、いわゆる「引き継ぎ」のようなものも無く任されてしまう。
-改革を進めようにも、自分にとっての当たり前を当たり前と受け止めてもらえず、小さな改善も実行できず、思い悩む日々。
-ヒントを求めて地域の青年経営者勉強会に参加。そこで得た経営者仲間から指摘された「社員を愛していない」のことばに最初は憤りを覚えるものの、一人一人と向き合えていなかったことに気付く。
-毎朝出社する社員たちとのあいさつ、たわいもない会話を大事にする、などまずは社員らとの関わり方を変える。
-入社から10年、少しずつ自らのことばを受け入れてくれるようになった社員たち。業績を改善するためのアイディアを出してもらう。その始まりが「あいさつ運動」、停留所周辺での「営業活動」であった。
野村社長は、次のように当時の取り組みの背景を教えてくださいました。
抵抗から始まった、あいさつ運動
「実際、あいさつ運動を始めようとしたときは、『あいさつがうまくいったことは無かった、嫌だ、無理だ』、というのが大方の運転士の反応でした。そこで、バスの中ではまずアナウンスをしましょうということにしました。それでも『アナウンスなんかしたこと無いから嫌だ』と。とはいえ、同じ路線、同じ場所でお客さまにアナウンスしないといけないことはある、そういうことはやるべきだよね、ということで始めたんです。話すことが分からないなら、マニュアルではないけれど『ここの段差は厳しいから気を付けてください』といったメモを準備しました。」
「もっと効果を上げるために、マスコミの力を借りて、十勝バスはこんな取り組みを始めました、ということで思いっきり世に打って出たんです。当時は十勝バスへの評価が悪かったので、そういう、あいさつ月間みたいなのをやっても、たくさんの苦情が来るだろうと想像していたんですよ。『あいさつ月間と言ってるのに、全然ダメじゃないか』と。それが内部の人間だけじゃなく、第三者が言うことだから、これは本当のことだよねと捉えられるように。つまり組織の外にスタンダードを求めようとしたんです。というのも、内部的には、長年厳しい合理化を続けざるを得なくて、こちらが良いと思うことを言っても、その通り受け止めてはもらえない状況でした。どんなにスタンダードなことを言っても、それがスタンダードだと捉えてもらえなかったんです」
お客さまが驚く、社員が自信をつける
「それが、意に反して感謝の声ばかりが会社に集まってきました。お客さまは驚いたのだと思います。以前のサービスは悪い評判の通りだったのですが、長年にわたりやってきたことが、実は少しずつ前進していた。でもお客さまは先入観で常に見ているので、本当は見ていないんです。十勝バスに対する思い込みがあって、だから常に悪い評判や苦情が来る。実際に見てくださいと言われ、どれどれと見てみたら、自分の知っている十勝バスではない、これはたまげた、となられたのでしょう。感謝の手紙やお礼の手紙が送られてくるようになり、運転手さんたちが自信を深めました。自らの成長が、少しずつ改革を進めていくきっかけになっている、と。」
小さな取り組みから、エネルギーを得よう
野村社長は、変革を始めようと思ったら、小さな取り組みを大事にすべきだと強調します。小さな事なら皆の抵抗も少ないし、たとえ失敗しても影響が小さいからです。それに加えて私が強く感じたのは、組織を動かすにはポジティブさがベースにあることが大事なのだ、ということ。もちろん十勝バスの場合は、収益上の課題という切迫した問題がありました。でも、皆が動き始めるのを後押ししたのは、「野村社長から社員ひとりひとりへのポジティブな関わり」「お客さまからの感謝、お褒め等のポジティブな評価」でした。「頑張っても報われない自分たち」ではなく「お客さまから褒められ、必要とされている自分たち」と思えたとしたら、それはまさに「売り手よし」。ポジティブなエネルギーの高まりが、改革の推進力になったのだと思います。
次回は「四方よし」の「買い手よし」から十勝バスに学びます。どうぞお楽しみに!
次記事:業績に効く「買い手よし」を実現!1対1の原則とは?_十勝バス「四方よし」に学ぶサスティナブル経営②
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組織の中でポジティブなエネルギーが循環することの重要さについて、私たちは、ミシガン大学のキム・キャメロン教授に教えていただきました。キャメロン教授は、
–リーダーが「ひまわり効果」を発揮して、より良い未来にむけたより高い目標の実現のために、組織にどう働きかけるべきか?
–そしてそのようなリーダーになるにはどうしたら良いか?
これらについて科学の知見でアドバイスしてくださっています。
ぜひこちらの記事もご覧ください。
「ポジティブ・エネルギー」シリーズ
「ポジティブ・リーダーシップ」シリーズ
京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。