新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための緊急事態宣言が、日本全国で解除されました。これからの経済活動について考えるとき、どんな視点を持ち、何に留意すればよいのでしょうか。

野澤日出夫さん

私たちは、以前にサステナブル経営について学ばせていただいた、野澤日出夫さんに改めてお話を伺いました。野澤さんは、認定NPO法人環境パートナーシップいわて代表理事、そして小岩井農場として知られる小岩井農牧株式会社の元代表取締役常務・特別常任顧問です。長年、経営とサステナビリティの両立、そして気候危機や環境問題に取り組まれてきました。野澤さんには、世界の潮流、そして地元岩手を例に、地域で心地よく豊かな暮らしを確立する可能性についてお話しいただきました。


中国武漢に端を発したCOVID-19は、グローバル社会の欠点を突かれた形で、一気に世界に広まり、日本おいては「収束」の目途が立ち始めたとは云え「終息」する事はありません。この収束のゴールには、COVID-19ワクチン及び特効薬の開発と常時対応できる生産体制の確立が必要です。それには少なくとも1年半から2年は必要で、感染予防を組込んだ新たな生活様式が、通常の暮らしとなるでしょう。

この間、生活の糧を失う人々も多く、街の風景もすっかり変わって見えます。世界経済は類を見ない短期間に同時衰退しました。なんと脆い社会であるか驚かされますが、新たなウイルスとの戦いは常に古来人類の歴史でもあるのです。

日本が目指してきた経済政策の持続不可能性があきらかに

日本は、食糧生産基盤である農業、豊かな水を育み多様な資源を提供する林業、地域で生産するエネルギーなどを、“経済を支える”輸出産業の犠牲にし続けながら、経済優先社会を形成してきました。さらに自動車・化学産業に次いで観光業、特にインバウンドに力をいれてきた経済政策は、ティッピングポイントに近づいている地球温暖化危機に対応している世界の潮流にも背を向けてきました。その短期的な利益を優先する経済システムはCOVID-19によって覆され、国が目指そうとした経済政策が完全に持続不可能な社会に向かっていたことを露呈したとも言えます。

経済活動の再開には、気候危機対応とのリンクは必須

多くの貴重な命を犠牲にし、今後COVID-19との共生(妥協)を模索し、収束と経済復興を目指す過程においては、気候危機の実態、世界各国の取り組み状況などを理解し、将来世代のためにも持続可能な豊かな社会作りを始める必要があります。地球温暖化の危機は将来世代にとって生存権にかかわる問題であり、経済復興に当たり原状復帰ではなく、化石燃料ゼロによる温室効果ガス実質ゼロと同時並行した事業改革を断行することは必須なのです。

・2015年パリ協定以来、各国が示した2030年までのCO2削減量では、地球気温は1.5度上昇してテイッピングポイントを向かえ、あと10年で危機的な状況になる。新年早々のNHKスペシャル「10Years After 未来への分岐点」でも報じられました。
・世界の環境先進国においては、すでに再生可能エネルギーへの変換を大きく進めています。COVID-19後の経済再建においても、温暖化対策と同時並行して取り組み、2050年には温室効果ガス実質ゼロ(RE100 :再生可能エネルギー100%)となる改革を着々と進めています。
・日本では、先進的な企業を中心にRE100に加盟する事業体は増えつつあります。株式会社リコーを筆頭に33企業が加盟していて、この関連企業や下請け企業、取引先などにも裾野が広がることとなります。この取り組みは、身近に迫る地球へのダメージ・将来世代の生存権を揺るがす問題を解決すると共に、持続可能な企業へと脱皮・発展する社会革命です。

こうした化石エネルギーゼロへの取り組みは、Neo-Industrial Revolution(新たな産業革命)と呼ばれ、COVID-19後も世界の潮流となっていくはずです。

岩手県は2050年温室効果ガス実質ゼロを宣言

岩手県達増拓也知事は、昨年11月27日に「2050年までに温室効果ガス実質ゼロ」を表明しました。これは、環境先進国においては、温室効果ガスの根源である化石燃料をゼロとする、つまり社会基盤を変える革命に取り組むこと、と考えられています。
岩手県も野心的な宣言を出したこと自体は評価できるのですが、目下は様々な課題があります。

・岩手県2060年の人口は現在から48.9%減少して679千人となり、地方においては3分の1まで人口減少して自治体の存続が危ぶまれます。
・岩手においてCOVID-19は感染ゼロで推移しています。しかし、感染者を発生させないために、事業活動を自ら停止している企業も多く、維持不可能となり廃業に追い込まれる事業者も出ています。
・また、FIT制度に則った再生可能エネルギーの大型施設(メガソーラー・風力・木質バイオマスなど)が県内に乱立し、貴重で生物多様な岩手の自然資源が失われています。食の源である生物多様性や景観などへの影響には目を瞑って、県外出資によりFITでの目先の利益追求が進んでいて、持続可能な地域作りを目指す地方にとって何ら経済的貢献はありません。

岩手の進むべき自立への道

「日本のチベット」などと揶揄され、戦後の高度成長時代にも置き去りにされてきた岩手ですが、「結・ゆい」「絆・きずな」を必然とした、心の豊かさを持てる心地よく豊かなコミュニテイがあります。

・温暖化対策としての地域エネルギー(熱・電)を十二分に産み出せる資源(木質&畜産バイオマス・豊富な水・地熱など)
・食糧生産に直結する豊かな生物多様性(農業・畜産業・漁業、そして林産物)
・豊富な栄養を河川水が海に供給し漁業を豊かに、清らかな水を育む本州最大面積を持つ森林

こうした自然資本が岩手には豊富にあります。これらは「No one will be left behind: 誰ひとり取り残さない」というSDGsの達成を強く後押しします。

SDGsウェディングケーキモデル
SDGsウェディングケーキモデルでも、ベースは自然の豊かさと気候変動対策
出展:ストックホルム・レジリエンス・センター

人口は減少しても、心地よく豊かなコミュニテイを

私は、岩手県では次のような取り組みを進めることで、2050年までの温室効果ガス実質ゼロの達成と、心地よく豊かなコミュニテイをはぐくむことが可能になると考えています。
資金が県内で回ることが地元経済に必要です。公共事業への思い切った地元投資と雇用拡大こそが、この難局を乗り越える手段です。

再生可能エネルギー普及のための投資

・県企業局はすでに再生可能エネルギーによる電力の県内需要の相当分を確保しています。コロナ後の政策としては水力発電・地熱発電などを公共事業として一気に投資して、100%以上の自県内発電を実現すれば、県内企業はすべてRE100となります。
・太陽光発電は、将来資産の農地・林地には設置することなく、公共施設・住宅建物屋上などと、農地林地に適さない路側などをフル活用することで、再生可能電力の30%を目指します。
・地域電力として小水力発電を推進し、水力を得られる地域の自立電力を確保します。
・ゴミ焼却炉を無くして、水分の多いゴミをバイオガス資源に、乾燥ごみは地域熱供給のための燃焼炉に分別する事で、すべてのゴミを資源化できます。
・バイオガス(家畜糞尿・生ごみ)による地域熱供給により家庭でのエネルギー消費を最小化します。化石由来のガスに代わり直接バイオガスの供給を図ることも可能です。
・バイオマス(木質系・乾燥ごみ)による地域熱供給
・利用されていない農地を100%利用に向けるための政策投資
・化石肥料に頼らない農地の100%活用によって、過剰気味の窒素固定を図り、持続可能な農地(オーガニック)を目指します。

小岩井農場の菜の花
5月初旬の小岩井農場、4kmに及ぶ菜の花街道

省エネルギー推進のための投資

・公共建物、住宅、マンションなど高断熱工事の推進(年3.3%実施)⇒2050年で100%実施(30年間地域工務店の工事・・地域経済貢献)
※岩手県の家庭エネルギー消費は、より寒冷な北海道より多く、エネルギー貧困です。その原因は建物断熱構造が不完全であり住宅からの熱放散ロスが大きいことによります。
・地域熱供給配管の整備:水道より付加価値の高い熱水の供給は、地域熱水暖房や風呂など家庭でのエネルギーを最小化できます。

Neo-Industrial Revolution
エネルギー革命のスピードがカギ

地方の人口減少は、県都・首都圏への転出で加速されます。しかしCOVID-19の感染拡大を受けて、人が密集した首都の生活に危うさを感じると共に、遠隔・オンラインでの仕事の有効性が確認できた企業も数多くあります。身近な便利さより、安全かつ心地良さを求めて地方への移住志向が加速される可能性があります。
岩手には、衣食住の豊かさ・持続可能な再生可能エネルギー・生物多様な自然環境・COVID19フリーといった心地よさ、の要素が豊富にあります。
その為にも、2050年を待つことなく、出来るだけ早く地域の環境を守りながら、エネルギー変換を進めて化石燃料ゼロ社会を達成すること。それにより、岩手の、特に地域のビジネスが活性化し、豊かで魅力あるコミュニテイ形成につながります。先んずればビジネス、遅れれば衰退が待っているのです。

「One Planet Lifestyle」(地球一個分の暮らし)

産業革命以来の化石エネルギーを基盤とする先進諸国の経済発展と豊かさは、国家間に大きな貧富の差を生じさせました。富める国はますます豊かに、貧しい国は一層貧しく、食糧難から餓死者も増加していて、このことも国家間の紛争の種となり、先進国内でもテロの形で噴出しています。

こうした格差を出来るだけ少なくして「誰一人取り残さない」SDGsによる平等な世界を目指さなければなりません。大量生産、大量消費、大量廃棄をしている現在の富める国の生活レベルで、急増する世界人口を賄うためには、地球2.9個必要であると云われています。
COVID-19の体験から、エネルギー・食糧・水・産業資材など全ての資源消費を最少化するための生産方法や、生活様式など、根底から変えていくことが求められるのです。

机上の空論では無い。バックキャスティングで道を拓く

SDGsとそれを補完するパリ協定のゴールと、持続可能な社会・経済の仕組みづくりとをリンクさせなければなりません。地球温暖化・気候危機と共に食料生産の基盤である生態系の衰退は、世界人口が急増する中で危機的な状況になっていることを前提にした、COVID-19からの復興施策が必要です。

小岩井農場
野澤さんが50年以上お勤めになられた小岩井農場は、バックキャスティングの実践例

岩手の食料の源である生物多様性・エネルギーなど自然資本を保護保全し、温暖化を含む環境関連のリスク・影響から県民の健康と福祉を保護しつつ、地域経済を持続的なものにする。そのために、あらゆる産業・自治体や活動主体が総力を結集して根底から改革を進める岩手型グリーンデイール(The Iwate Green Deal:環境政策)を立ち上げる必要があります。その手法として、日本人が不得手なバックキャスティング、あるいはフューチャーデザインが有効です。将来世代の持続可能で豊かな社会の為に、今何に取り組むべきかを考え話し合い、企業・自治体・団体など全ての施策において生かさなければならないでしょう。
(文・写真ともに野澤日出夫さん)


野澤日出夫さん
認定NPO法人環境パートナーシップいわて 代表理事
www.iwate-eco.jp/
元小岩井農牧(株)代表取締役常務・特別常任顧問
https://www.koiwai.co.jp
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