先日、我が家のリビングに新しい照明器具を取り付けることにしました。カタログを開いて、まず驚いたのは、商品がすべてLEDであること、そして価格ダウンも相当進んでいます。56年ほど前は「まだLEDは高いし、安くなってからにしよう…」と二の足を踏んだのですが、今回はもうLED製品を選ぶよりほかありません。改めて調べてみたら、現在では日本の大手メーカーは、蛍光灯や白熱電球は一部製品を除いて製造も終了しているのですね。店頭では今も販売されているのを見かけるのに、もう蛍光灯や白熱電球は過去の製品なのだと再認識しました。

イチ消費者としてであれば、こんなふうに「マーケットが変わったなぁ」と感慨を持つだけで済みますが、これが自社のビジネスのことだと大違いです!後から変化に気付いたのでは遅いし、競争相手に追いつくどころか、顧客から選ばれない会社になってしまいます。

スウェーデンでこの夏にお会いしたMartin Malmrosさんは、2007年から約10年間CEOを勤めたオーラライト社にサスティナブル戦略を導入し、「眠れるスカンジナビア企業から、照明ソリューション・プロバイダーとしてダイナミックなヨーロッパ企業への転換」(ハーバードビジネススクールのケース)と表現される変革を成し遂げたリーダーです。
オーラライトは、創業1930年の歴史ある照明器具メーカー。とはいえ、二大メーカーがシェア8割を占めるヨーロッパ市場全体では目立つ存在ではありませんでした。しかも当時の従業員規模は200名ほど。そのようなリソースも豊富とは思えないような会社が変革を遂げることができた背景には、前回の記事でご紹介した、「フォアキャスティング」と「バックキャスティング」という二つの将来へのアプローチ方法の上手な組み合わせがありました。

おさらい:フォアキャスティングとバックキャスティング

フォアキャスティングフォアキャスティングとは、比較的短期間で設定するありたい姿に対して、現状と将来とのギャップを明らかにし、それを埋めるべくひとつひとつ問題解決していくアプローチです。考えるときの立ち位置は現在です。

バックキャスティング他方、バックキャスティングとは、未来を起点に考えるもの。30年後など遠い将来(未来)を考えて、その時にどんなふうに成功しているのかを具体的に記述し、現状との違いを直視し、創造的にどんな道を歩むのかロードマップを描いて実現させていくためのプランを立てます。いちばんのメリットは、現状の延長線上ではない問題解決や思い切った飛躍を引き出すことができるということです。

今回は、オーラライトの変革を進めるにあたり、Martinさんがバックキャスティングとフォアキャスティングをどう意識していたのかをご紹介します。前回の記事でもご紹介した通り2007年当時、Martinさんを除く経営陣には、将来への危機感は共有されていませんでした。実際、マーケットを見通すデータもポジティブなものばかりだったのです。

オーラライト第一の改革:売上向上とソリューションの礎作り

2007年のCEO就任直後に掲げた目標は5年で売上2倍、営業利益率を2倍にと言ったものです。かなり野心的な目標で、明らかに現在の延長戦では達成できないものでした。そのために最初に取り組んだ改革は大きく3つあります。

改革1:ヨーロッパへの進出と営業力の強化

ストックホルムに住んでいるヨーロッパ諸国出身の人を次々に採用し、母国でのセールスに従事してもらい、ヨーロッパへ進出する取り組みを始めました。2007年の1年だけで2000回もの面談を行ったそうです。

改革2:製品ラインアップの見直し

従来製品よりも10%省エネの製品をリリースしました。

そして、照明の製造販売以外の事業にも取り組み始めました。

改革3:ソリューション営業スタイルのトライアル

まだオーラライトの知名度の低い南欧で照明のソリューションとセットの販売スタイルのトライアルを始めました。
今では一般的に知られていますが、「製造業のサービス業化」と言われるものです。「グローバル化とコモディティ化が急速に進んでいく社会では、世界のどこでも同じような製品を製造することが可能になる。物を作って売るだけでは労働力の安価なところで生産された製品との価格競争に陥って利益を確保できなくなる」と見込んでの新しい試みでした。

試行錯誤しながらもイタリアでこのソリューション事業が成功を収めます。電気代の高い国ではロングライフであることよりも省エネであることに関心が高いことも分かりました。

改革の抵抗勢力は社内に!

このような変革に取り組み、成功を収めながらも、Martinさんは全く安心も満足もしていませんでした。将来、どう考えても地球規模での資源の減少と需要の拡大は必至です。そのような環境で電気代が上がっていくことになると、ますます省エネの需要は高まることは容易に想像がつきます。
このような将来起こりうる環境の変化をMartinさんは経営陣と丁寧に共有していったと言います。そこでは、世の中の変化を表現するファネルの構造や、地球や社会が限界に達しないようなビジネスをするための原則などツールを使いながら、何度も一緒にワークショップ形式で会議を行っていったそうです。実際、2011年までに改革の成果として業績は大きく伸びてしまったため、ステークホルダーが満足した状況下で危機感を醸成するには時間がかかったそうです。中には退職を余儀なくされた幹部もいたようです。

オーラライト第二の改革:サステナビリティを経営の柱に

そして2012年、「やはり既存路線の延長線上では事業が立ち行かない」と大多数の経営陣が認識したところで、「2014年までにLEDを用いた照明ソリューション・プロバイダー企業になる」と明確にうちだし、大きくかじを切りました。2011年にはイタリアで成功を収めたとはいえ、売上高に占めるソリューションの比率は1%ほどだったそうです。ここでも立てた目標は野心的で将来に焦点が当たっています。

そのためには製造販売の会社にはない能力やノウハウを獲得する必要がありました。スウェーデンのセンサー関連企業を買収したり、ソリューションに必要な専門性を持ったエンジニアを採用したり、イギリスの企業と提携しながら改革を進めていきました。その結果、従来よりも最大80%のエネルギー消費を減らし、75%のメンテナンスコストを削減できるソリューションが実現できるようになりました。この他にもサプライチェーンの改革や営業の改革などさまざまな改革を将来イメージに向かって行っていったそうです。

北欧では照明取り換え時のLEDのシェアは201120%だったのに対し、2013年には80%まで跳ね上がり、まさに時流に乗った手が打てる企業に変貌を遂げることに成功したのです。2014年にはヨーロッパにおける照明ソリューション・プロバイダー企業としての地位を確立できました。

2015年以降は成長市場へ進出したり、照明器具とセンサー技術を革新したりするなどさらなる改革を続けていったそうです。

Thrive through Change

Martinさんが心にいつも持っている言葉があるそうです。それは「Thrive through Change」、変革を通して繁栄するといった意味です。常に将来に焦点をあて、野心的で具体的な目標を設定し、そこに向かって組織文化も組織の能力も変化させ続けるバックキャスティングの思考こそが成功の条件だと言います。いくら将来の目標を持っていても、それが具体的でなければ実行に移されません。「イノベーション企業を目指す」とか「サステイナビリティに貢献する」などといった聞き心地のいい言葉では何も変わらず、忘れ去られてしまうだけです。企業が持続的に成功を収めるためには、今必要なキャッシュを稼ぐ、現在の事業の改善が不要だということではありません。Martinさんが将来を見据えた変革に必要な資金を得るために営業強化を行い、売上を伸ばしたように、フォアキャスティングの施策も必要です。しかし、それが将来の成功のための投資であることは忘れてはならないのです。バックキャスティングで思考すると、自然とフォアキャスティングも戦略的に意義を持つ施策になるのではないでしょうか。

こちらのシリーズでは、Martinさんも活用した、サスティナブル戦略を皆で考えるためのツールやフレームワークについてより具体的にご紹介しています!


バックキャスティング経営のお手本ともいえる企業事例をご紹介します。

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