先を見通しづらい環境であったとしても、メンバー自身が心から意義を感じたり、おもしろみを見出したり、成長できると思って、創意工夫しながら働いてほしい。今までとは、ビジョン、目標、計画の伝え方を変える必要がありそうだ。リーダーとして、そんな課題をお感じではないですか?ストーリーテリングは、今の時代のリーダーが、ぜひ身に付けたいスキルのひとつです。
前回は、ATDバーチャルカンファレンス(2020年6月開催)のキーノート「Influencing Through Story(ストーリーを通した影響力) 」の内容をベースに、なぜ私たちはストーリーに惹かれ、影響を受けるのか、そしてストーリーの基本的な構造についてご紹介しました。
前の記事:ストーリーが持つ影響力とは。ビジネスリーダーのためのストーリーテリング解説①
それでは、企業でリーダーシップを発揮する立場の方はどのようにストーリーテリングを活用したらよいのでしょうか。
企業の成長ストーリーをS字で捉える
健全な組織は常に変化し、新たな未来を創っています。計画を綿密に立てることよりも、変化を望み、受け入れる力です。ビジネスにおいて、現状から未来へ移行する姿をよく表しているのが「S字曲線」で「導入期」→「成長期」→「成熟期」の事業のライフサイクルを表現しています。企業は一度成功を収めると、停滞の時期に入り事業は衰退期に向かいます。常に成功し続けるためには、新たな製品・サービスの開発をし、自己変革をし続ける必要があります。そして、新たなS字曲線を描いていくのです。このS字曲線が次々とつながっていく様は、まさに大きな物語なのです。
リーダーが使うべきストーリーテリングは4種
しかし、リーダーにも完全に将来を見通す力はありませんので、常に不確実な道中です。一緒に歩むメンバーは少なからず不安を抱くことになります。そして、紆余曲折する中で踏ん張って、戦わなくてはいけない時期もあります。ですから、リーダーは事業のライフライクルのそれぞれの場面で、メンバーを勇気づけたり、インスピレーションを与えたり、粘り強く戦うことをメッセージする必要があるのです。
このように考えると、事業のライフサイクルは前回の記事でご紹介したジョゼフ・キャンベルの人を惹きつける物語の構成に似ていることが分かります。
(1)物語の始まり
現状維持か新しい未来へ向けた変化の道を行くか決断を迫られる
(2)物語の中間部
長く厳しい戦いがスタートし、底に落ちたり浮上したりを繰り返す
(3)物語の結末
最後の勇気ある戦いの末、目標地点に到達し、価値ある力を得て、
次の物語へ踏み出していく。
NancyさんとPattiさんは、節目ごとに人々を正しい方向に導くためのストーリーには、4つのパターンがあると言います。
私は何者かのストーリー
気づきのストーリー
アイデアを広めるストーリー
影響のストーリー
これら4つのストーリーは、どのような場面で活用すべきなのでしょうか。
私は何者かのストーリー:私の経験・変化を語る
アイデンティティのストーリーといわれ、私は何者で、どこから来たのか、どこへ行こうとしているのか、そして、これまでの経験を通して、どんな風に変わってこれたのかといったことを伝えるものです。
例えば、リーダーが自分のことをプレゼンテーションする際に活用できます。「私の強みはコラボレーション能力です」と説明されても受け手にとってはピンときません。それよりも自身がこれまで経験したプロジェクトでどのように多くの人と葛藤しながらも協働し、成果をあげてきたのか。それを物語で伝えた方が、その強みがどのように機能してきたのか、また、私たちのチームで機能しそうなのかを、聞き手はありありとイメージすることができます。
これも次の3部で構成し話すと伝わりやすくなります。
(1)物語のはじまり
共感できる好ましい主人公が冒険に飛び込む
(2)物語の中間部
主人公は絶望的な逆境に会い、決意の固さを試される
(3)物語の結末
主人公は目標を達成し、冒険を通じて生まれ変わる
さらに、今のような変化にさらされ、私たちチームや組織のアイデンティティに変容が求められている場合には3つのレンズを通して伝えることで、メッセージが聞き手の中に染み入りやすくなります。
Ⅰ.どのようにして私は変わったのか
私たちは皆、これまでの人生や仕事の中で、生まれ変わるように変化する、トランスフォーマティブな経験をしています。その個人的な経験を自身の視点から話します。聞き手はそのストーリーを聞きながら情景を思い浮かべ、自分にも似たような大きな変化の体験があったのではないかと探求します。
Ⅱ.私たちはどのように変わっているのか
今何が起きていて、どのような変化が起こりつつあるのかについて語ります。例えば、COVID-19の感染が拡大して以降、私たちは大きな変化に直面しています。既に変化が起きていることを聞き手に思い起こさせます。
Ⅲ.他の人たちも変わっている
話し手と聞き手以外の他の人たちも、取り巻く状況は同じであり、変化に直面し、変化していっています。これを一般論としてではなく、自分が見たり聞いたりした話を自分の視点で伝えます。自分が経験しているからこそ強く伝えることができますし、相手にもそれが感じられることになります。
気づきのストーリー:データに意味を持たせる
データからの発見や気づきを引き出し、意味を持たせるストーリーで、プレゼンテーションなどではとても重要になってくるものです。裏付けのある事実から気づきを得た時、聞き手は確信をもって行動に移せます。聞き手の印象に残りやすく、意思決定も早めることが可能です。
このストーリーは、データから見つけ出したものを、そのまま伝えて相手に判断をしてもらうのではありません。“戦略的アドバイザー”としてその中から得られる洞察を聞き手に伝えます。そのためのストーリーをNancyさんは「データー・ストーリー」と言っています。データを「理解」出来ることにとどまらず、聞き手にとっての「意味を創り出す」ところまで踏み込みます。
この構成も同じく三部構成です。
(1)物語のはじまり:私たちの現状の課題を挙げる
これが、私たちがおかれている状況です
→私たちのビジネスは脅威/機会にさらされているかもしれない
(2)物語の中間部:課題は厄介なものであることを示す
課題の裏付けとなるデータを示し、それがポジティブなのか、ネガティブなのかを説明する
→これは解決するのがなかなか難しい
(3)物語の結末:解決策を示す
私たちは、行動に出る必要がある
→この提案で、それは解決するでしょう
ここでのポイントは(3)において、どのような動詞を選ぶかです。それによって、アクションにつながるかどうかが決まります。
例えば、競争環境の激しい外食スイーツ産業の企業だとします。マーケットで劣勢になっており、なんとか巻き返しをしたい。そこでは、「アイスクリームの新しいフレーバーを作りましょう」と言うより、「フレーバー革命を起こして市場に殴り込みましょう」と言う方がはるかにインパクトがあります。
同じデータを使って同じようなことを言っても、動詞を変えることで相手にとっての意味が変わります。これが、「データに意味を持たせる」ことになるのです。
そして、意味付けはストーリーの聞き手にとっての意味づけなので、聞き手の関心事がどこにあるのかをおさえておく必要があります。
例えば、企業の役員にとっては、「利益/コスト」「マーケットシェア/リリースまでの時間」「リテンション/リスク」の3つでしょう。これら3つのいずれか、あるいは複数に合わせて意味づけをすると、彼らの心は動きやすくなります。
アイデアを広めるストーリー:アイデアに人びとを巻き込む
アイデアのストーリーは、アイデアを他者に伝え、巻き込んでいくストーリーです。ストーリーとして伝えることで、アイデアは強く記憶され、感情をゆさぶり、熱を伝えることができます。
広まらなければ、アイデアはなかったも同然です。
Nancyさんは1600のストーリーを分析した結果、よくできたスピーチは、盛り上がったり、盛り下がったりのパルスのリズムを持っていると言います。
まず、私たちの「現在の状態」からスタートします。 何が真実か、どうなっているのかといったことです。
次に「理想の状態」を提示すると、「現在の状態」とのギャップが生まれます。「理想の状態」になったらどうなるだろうかと、想像力を掻き立てます。そして、今日の現実よりも魅力的な方向に行くべきだということがはっきりします。そうすることで、現状への執着から抜け出す力を得られます。
しかし、簡単には「理想の状態」には辿り着けません。途中で疲れてしまったり、本当にそんなことが実現できるのだろうかと懐疑心にさいなまれます。ですから、「理想状態」を伝えて終わりではないのです。何度も何度も「現在の状態」と「理想の状態」の間を行ったり来たり、その繰り返しが必要になります。つまり、物語の中間部分の語りがとても重要なのです。
最後は「新しい世界」として、明らかに望ましい状況を提示します。
ストーリーテリングで、大胆なビジョンを実現:インターフェイス社の場合
例えば、米国のカーペッタイル会社のインターフェイス社CEOのレイ・アンダーソン氏は環境経営に舵を切るという当時としては大胆なビジョンを1994年に発表しました。その際、社員へは次のように状態を対比させて提示しています。
【現在の状態】人類の活動は環境の許容量を超えつつある
【理想の状態】リーダーシップをとるべきは、地球上でもっとも影響力のある企業。一致団結して行動すれば絶大な効果を生み出せる
【新しい世界】我社が企業として世界で初めてサステナビリティを達成したら、他社に模範を示し、環境再生のけん引役になれる。
アンダーソン氏の大胆なビジョンはすぐに人びとに受け入れられたわけではありません。彼は何度も何度もストーリーを語り、賛同者を増やしました。そして、数多くのイノベーションが生み出され、同社は世界有数のサステナブル先進企業となったのです。
次回は、「影響のストーリー」の作り方をご紹介します。
【ストーリーテリングシリーズ】
vol1. ストーリーが持つ影響力とは。
vol2. 4つのパターンで影響力を発揮!
vol3.変革を成功に導くコツはストーリーの使い分け。5つのステージ別活用方法
東京工業大学大学院 社会理工学研究科 修士課程修了/ 一般社団法人日本ポジティブ心理学協会 理事。
株式会社ビジネスコンサルタントにて営業マネジャー職を担当。その後、同社における顧客組織の組織開発と人材開発への投資効果と投資効率を最大限に高めるための会員制サービスの商品戦略を担当。現在は同社の研究開発マネジャーとして、サステナブル社会の実現のため、ポジティブ心理学やイノベーション理論、自然科学ベースの戦略策定フレームワークに基づく商品開発およびその実践を担当。