5月21日~24日にアメリカのジョージア州アトランタで、国際的な人材育成団体であるThe Association for Talent Development(ATD)のカンファレンスInternational Conference & Exposition(ICE)が開催されました。
今回はそこで体験したことをベースに、人材育成の潮流をレポートします。
ATD:国を超えて“学び”を学びあう場!
毎年、カンファレンスの最終日に各国からの参加者数が公表されます。
いつも日本人が何人くらい参加しているのか、ドキドキしながら発表を待っています。今年は78カ国から1万人が参加しましたが、アメリカでの開催ですので、8000人ほどがアメリカからの参加です。それ以外にも韓国からは265人、日本からは178人、中国からは163人と、アジアからも多くの方が参加されました。
昨年日本からの参加者は156名でしたので、今年は約20名参加者が増えていました。
私のように人材育成や組織開発を仕事としている会社の方のみならず、一般企業や団体からも人材育成を担当されている方が、新しい人材育成の潮流を学ぶために参加されていました。
特に昨今『働き方の改革』が日本全体で課題となっていますが、ATDでも人材育成の生産性(時間の短縮)と効果性(学びの深さ)をいかに高めるかが注目されていたように思います。
最注目キーワードは「マイクロラーニング」
特に今回のカンファレンスで特徴的だったメッセージは“マイクロラーニング”でした。
マイクロラーニングとは、1つのトピックスを短時間(3~6分)に区切り、手軽にモバイルなどで学べる学習の提供方法です。ビデオやインフォグラフィックなどの視覚ツールを用いて、人が学びたくなる工夫がされているのも特徴です。既にアメリカの企業・組織では4割がマイクロラーニングを導入済み、今後4割が導入を予定しているという調査報告もあります。急速に広まっている様子がうかがわれます。
マイクロラーニングを支えるエビデンスとは
特にアメリカではエビデンスベースの取り組みが多く、近年では脳科学の研究結果がマイクロラーニングをさらに加速させているようです。例えば
「ビデオでの学習は、文字からの学習よりも6000倍速く脳が処理を行う」
「スマートフォンなどデジタルデバイスの影響などで、人の集中力はどんどん減っていて、今は5~7分程度しか持続しない」
などの知見が脳科学の専門誌から引用して紹介されていました。
アメリカの場合、ミレニアル世代(1980年代以降生まれの人びと)など、デジタルネイティブと呼ばれる人々の存在感も大きいそうです。こういった世代は
「知りたい情報があればすぐに自分の手元のデジタル端末で調べ、デジタルコンテンツで手に入れたいと考えている」
「賃金以上に自己成長を重視する、つまり企業に対しては教育の機会の提供を求める」
といった特徴があるそうです。
こうした研究結果から、学習内容を小さい単位に分割して、ビデオなどの分かりやすい教材で、短時間で学習でき、すぐに職場内で適用できるようにするマイクロラーニングに各社注目しているようです。Cisco社では2019年までに今実施している研修の3/4をビデオ系の研修へ変更するという発表もあったほどです。
マイクロラーニング5つの特徴
マイクロラーニングには、大きく分けて5つの特徴があります。
1.学びたい時にすぐに学べる
今すぐに学びたいのに、数か月後の研修会まで待つといったのでは学習意欲が落ちてしまいますし、その間モヤモヤしたまま過ごさなくてはいけません。例えば、営業がお客様先の情報をもっと効率的・効果的に調べたいと思った時に、その方法がすぐに学んで実践できれば、学びがすぐに行動やパフォーマンスに結びつきます。
2.短い時間で学べるコンテンツ
最適なのは3~5分で学習できるコンテンツです。12分を越えるコンテンツはマイクロラーニングとは言えません。仕事の合間や通勤時間や隙間の時間に簡単に学習ができる時間の設定です。この時間が脳科学の研究から導き出された、人間が特別に集中できる時間なのです。
3.1コンテンツ1アイディア
1つのコンテンツに入れるのは、1つのトピックやアイディアのみです。3~5分で学習できるコンテンツに多くは盛り込めません。また、1つのことを学んだら、それを実践して行動やスキルの定着化を図ることも目的の1つです。
4.すぐに使える
大人の学習は、合理主義的です。自分の仕事にすぐに役立つかどうかで学ぶ意欲に差が出ます。いつか役に立つだろうという学びは実践されないので、忘却曲線そのままに忘れ去れてしまいます。逆に言うと、実践されれば学習は定着化し、行動変容へとつながります。
5.アクセスしやすい
学習教材へアクセスがしにくいと、探すのが面倒になってしまいます。PCやモバイル、タブレットなどさまざまなデバイスからアクセスできると時間と場所を選ばずに学習できます。そして、できれば1度サインインをしたらそれ以降はすぐにアクセスできたり、1~2回のクリックで見つけられたりする場所に教材があることが大事です。
テーマに合わせた学習手法の組み合わせが成功の秘訣
とはいえ、マイクロラーニングに適する学習と、マイクロラーニングだけでは完結させられない学習があることも確かです。基本的な業務に必要なスキル学習はマイクロラーニングに適したものも多いですが、リーダーシップやマネジメントの学習を、マイクロラーニングだけで成果につなげることは難しいでしょう。マイクロラーニングの失敗の多くは、本来、これに適さない内容を細かく分割して提供してしまっていることが原因だという発表もありました。
ATDでは、マイクロラーニングを成功させるために、
・受講生の立場に立った、ニーズの検討と目標設定
・受講生がどのような学びと実践をして成果に結び付けるか、一連の流れでプログラムをデザインする(ラーニングジャーニー)
といったポイントもさまざま紹介されていました。
これから日本でも、学習への時間的・物理的な制約が高まるなか、従来型の対面トレーニングにマイクロラーニング、そしてソーシャルラーニングといった3つの学習法をうまく組み合わせることが大切になると考えられます。ソーシャルラーニングとは、参加者同士がオンラインで学びあう学習方法のことです。次回はマイクロラーニングの実施事例や、そのカギとなっているソーシャルラーニングについて詳しくご案内します。
【アトランタ風景】
アトランタは1996年の夏季オリンピックの開催地として記憶されている方も多いのではないでしょうか。この大会は、近代オリンピックとしては100周年の記念開催で、街のあちこちに「100」のモチーフが掲げられています。
オリンピック公園内のオブジェ。こちらは近代オリンピックの父、クーベルタン。
アトランタはキング牧師の生誕の地。ヒューマン・ライツセンターではアメリカの人権の歴史を学べます。
ATD2017記事
vol1.世界最大人材開発カンファレンス今年のキーワード(当記事)
vol2.テクノロジー×コミュニティで学びの文化を醸成する
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東京工業大学大学院 社会理工学研究科 修士課程修了/ 一般社団法人日本ポジティブ心理学協会 理事。
株式会社ビジネスコンサルタントにて営業マネジャー職を担当。その後、同社における顧客組織の組織開発と人材開発への投資効果と投資効率を最大限に高めるための会員制サービスの商品戦略を担当。現在は同社の研究開発マネジャーとして、サステナブル社会の実現のため、ポジティブ心理学やイノベーション理論、自然科学ベースの戦略策定フレームワークに基づく商品開発およびその実践を担当。