経営や人材開発に携わるビジネスリーダーにとっては、これは日々の組織運営の中で避けて通れないテーマではないでしょうか。
人手不足、働き方の多様化、価値観の違いが広がる中で、メンバー一人ひとりの事情に配慮することはますます大切になっています。一方で、組織として成果を出し、顧客への約束を果たし、チームとしての成果責任を果たすことも欠かせません。
そこで今回は、今年5月に開催された世界最大級の人材開発カンファレンス※1で、ジャスティン・ヘイル(Justin Hale)氏※2が講演した「A Manager’s Dilemma: Skills to Lead with Empathy and Accountability(マネージャーのジレンマ:共感と成果責任を追い求める)」の内容をもとにご紹介します。
期待と実際の行動・成果のギャップをどう埋めるか
メンバーと目標や期待している仕事の成果について話をしていても、実際には十分な行動が伴わなかったり、成果が期待していたものより低くなってしまうがあります。
この「期待」と「実際の行動や成果」の間にギャップが生じたときに大切なのは、相手をただ責めることでも、事情を理解して見逃すことでもありません。
相手への配慮を持ちながら、チームとして必要な考え方や期待をきちんと伝え、対話によってギャップを埋めていくことが大切です。
実際に起こる職場のジレンマ
例えば職場が深刻な人手不足の中、あるメンバーが「家族の事情で今すぐ帰らなければならない。今日までにお客様に対応すると約束していた件が対応できなくなりました」と申し出たとします。事情には共感できます。
しかし、それが1か月で3回目だったらどうでしょうか。他のメンバーが引き受ける負担や、お客様への影響も無視できません。
このように、現実の職場では「相手の事情を理解したい」という思いと、「チームメンバーとして、担うべき責任は果たしてもらわなければ困る」という思いが同時に生じます。多くのリーダーが難しさを感じるのは、まさにこの場面です。
私たちは「どちらか一方」を選ばなければならないと思い込んでいる
私たちはしばしば、「取り組んだ仕事が期待水準を満たしていないことを正直に伝えるとメンバーを傷つける」「相手に配慮すると、仕事の責任を求められない」と考えてしまいます。しかし本来、メンバーへの共感と、目標達成や仕事への責任を求めることは両立できます。
責任を求めることだけが強く、共感が低い職場では、人は成果を出すことだけを求められているように感じ、疲弊します。
一方で、共感だけが強く、目標達成への責任感が低い職場では、人間関係は穏やかでも、仕事や目標達成が前進しづらくなります。
責任を問わないことの長期的コスト
責任を求める会話は、短期的には面倒で、気が重くなるものです。相手が嫌な顔をするかもしれません。関係がぎくしゃくするかもしれません。
しかし、責任を問わないことは長期的にみると大きなコストになります。問題を放置すると、周囲の人が余計な負担を抱えます。仕事の質が下がり、信頼も失われます。短期的には沈黙が楽でも、長期的には職場全体が苦しくなります。
これは経営においても、人材育成においても、見過ごせないポイントです。目指すべきは、高い基準を持ちながら、相手を一人の人間として尊重する状態です。
心理的安全性とは「居心地のよさ」ではない
高い基準を持ちながらも、メンバー一人ひとりが尊重されていると感じる職場をつくる上で、重要な土台となるのが「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、いつも心地よく、耳の痛いことを言われない状態ではありません。むしろ、厳しいフィードバックであっても、「この人は自分を攻撃したいわけではない」と感じられる状態を指します。
組織(職場)の中で心理的安全性が保たれていれば、リーダーは必要なことを率直に伝えることができ、メンバーもそれを単なる批判ではなく、仕事やチームをより良くするための対話として受け止めやすくなります。
たとえば、上司から仕事の遅れを指摘されると、気まずさや不快感はあるかもしれません。しかし、相手に敬意があり、自分を責めようとしているのではないと分かれば、対話はできます。
では、相手への共感と率直な指摘を両立するために私たちはどうすればよいのでしょうか。
「内容」より前に、「気にかけてもらっているか」に反応する
人は、「何を言われたか」だけで防衛的になるのではありません。「なぜそれを言われているのか」という意図に反応します。
たとえば、「なぜできていないの?」という一言でも、相手が「責められている」と受け取れば身構えます。一方で、「何が起きているのか、一緒に確認したい」という意図が伝われば、相手は話しやすくなります。
仕事の成果についての責任を求める会話では、まず相手に「この人は自分のことを気にかけている」「自分を一人の人間として尊重している」と感じてもらうことが大切です。尊重されていないと感じると、相手は内容そのものではなく、「自分が軽く扱われている」という点に反応してしまいます。心理的安全性があると、人は真実を受け入れやすくなります。
問題が起きたときに、安心して本当のことを話せる状態があれば、自分の行動と向き合い、考える機会として受け止めやすくなります。
メンバーと対話する際の正直かつ敬意ある伝え方の3ステップ
ここからはメンバーに共感しつつも、仕事の成果について対話する際に役立つ3つのステップをご紹介します。
期限内に資料の提出がないメンバーに対して、進捗について問いかけをするケースを例に取り上げてみます。
1. 事実を伝える
まずは、観察できる事実から始めます。
例:「火曜日までに提出すると聞いていたけど、水曜日の午後時点でまだ提出がないよね」
ポイントは、感情や評価から入るのではなく、まず事実を一緒に確認します。
2. 自分の解釈や懸念を伝える
次に、自分の見方として懸念を伝えます。
例:「このままだと、この後の工程や他のメンバーとの協働にも影響が出るんじゃないかと心配しているよ」
ここで大事なことは「あなたはいつも遅い」と決めつけるような言い方をしないことです。決めつけた言い方をすると、相手は防衛的な態度になります。
あくまで、自分がどう見ているのか、何を懸念しているのかを伝えることがポイントです。
3. メンバーの考えをたずねる
最後に、相手の視点を確認します。
「何か困っていることがあって、提出が遅れているのかな?」
「遅れている原因はどこにあると思う?」
このように尋ねることで、原因や背景を確認できます。責任を求める会話は、一方的に詰めることではありません。ギャップを埋めるために、事実、懸念、相手の視点を確認することです。
ミスに対するリーダーの対応が文化をつくる
ミスが起きたとき、リーダーの反応を職場のメンバーは見ています。
頭ごなしに責めれば、人はミスを隠すようになります。何でも許せば、チームとしての基準が失われます。大切なのは、まず「何か背景があるのかもしれない」という好意的な前提を持つこと。そして、その上で「次にどうするか」を一緒に考えることです。
共感して終わりではなく、次の行動につなげることが必要です。
メンバーへの共感と、仕事の責任を求める姿勢は両立できる
共感とは、相手を許して何も言わないことではありません。目標をやりきるようにメンバーに求めることは、相手を責め立てることではありません。
相手の事情を理解しようとしながら、必要な基準は明確に伝える。敬意を持ちながら、事実と期待のギャップを話し合う。これが実践の重要なポイントです。
皆さまの組織では、共感と仕事への責任を求めること、この2つのバランスはどうでしょうか。
まずは小さな場面で、「事実を伝える」「自分の解釈や懸念を伝える」「メンバーの考えをたずねる」という3つのステップを意識してみることで、メンバーとの関係性や職場の会話が少しずつ変わっていくかもしれません。
ぜひ、社内のリーダーや管理職の皆さまにもご共有いただき、職場での対話を考えるきっかけとしてご活用ください。
※1【ATD International Conference & EXPOとは】
ATD International Conference & EXPOは、人材開発分野の世界最大級の国際カンファレンスです。主催するATD(Association for Talent Development)は、1943年に設立された、人材開発に携わる専門家を支援する非営利団体です。米国バージニア州アレクサンドリアに本部を置き、世界120カ国以上に3万人を超える会員を有しています。
人材開発や組織開発に関する教育プログラムの提供をはじめ、出版、調査研究、資格認定、国際会議の開催など、幅広い活動を行っています。
ATD International Conference & EXPOは、ATDが年に一度開催する最大規模のイベントで、2026年は米国ロサンゼルスで開催され、300以上のセッション、300社以上が出展する展示会、参加者同士のネットワーキングなど、多様なプログラムが提供されました。
※2【Justin Hale氏について】
Crucial Learning社 プリンシパルコンサルタント、作家。
ビジネスや日常において、困難な対話や行動変容をテーマにした書籍を多数執筆しています。
またコンサルタントとして、20年近くに渡り組織のリーダーやチームがより効果的にコミュニケーションを図って、生産性を高めて健全な組織文化を築くことを支援してきました。 Hale氏の研究や執筆記事は、ハーバード・ビジネス・レビューやブルームバーグなどのメディアで掲載されています。
名古屋大学大学院 国際開発研究科 修士課程修了。在学中は、持続可能な開発における国際協力をテーマに研究に取り組む。卒業後、株式会社ビジネスコンサルタントに入社し、企画営業やWebマーケティングを担当。現在は、組織開発・人材育成の観点から、企業の課題解決に資するプログラム開発のために探索を行っている。また働きがいに満ちた豊かな組織づくりの実現を目指して、顧客や専門家と共に考えるラボラトリー活動にも参画している。




