未来をつくるリーダーシップについて、豊岡市元市長の中貝宗治さんらの取り組みから考えるシリーズ第3弾です。前回の記事では、豊岡市が「小さな世界都市」というビジョンを掲げ、コウノトリの野生復帰や演劇によるまちづくりを通して、地域の資源を「深さ」と「広がり」のある価値へ育ててきたことを見てきました。さまざまな取り組みを重ねてもまだ、統計的に見れば、豊岡市が「若者に選ばれるまち」になるには課題が残っていました。その根本要因を探る中で中貝さんらがたどり着いたのが、地域社会、家庭、教育現場、職場と様々なところに見えるかたち・見えないかたちで存在するジェンダーギャップでした。ジェンダーギャップ解消において、豊岡市は「地元企業と組んで突破口をつくる」という、当時他の自治体が取り入れていなかったアプローチをとりました。その背景には、ジェンダーギャップが地域に与える影響への構造的な理解がありました。
第1回はこちら 未来をつくるリーダーシップ:豊岡の実践から見えてくる、ビジョンと課題設定の力
第2回はこちら 「小さな世界都市」実現のエンジン:コウノトリと演劇に学ぶ、ビジョンの育て方
若者が戻らない理由をたどると、ジェンダーギャップに行き着いた
中貝さんは、地方創生とは、つまるところ人口減少にどう向き合うかという営みだと語ります。大都市と地方が若者を奪い合うなかで、地方が負け続けてきた結果が人口減少なのです。地方創生とは、大都市との競争のなかで、若者に「ここで暮らしたい」と思ってもらえる地域の価値をどうつくるか、という試みです。豊岡市が「小さな世界都市」というビジョンを掲げたのも、その価値を形にするためでした。
若者に選ばれない。その現実を推しはかる指標として、豊岡市が重視していたのが「若者回復率」です。これは、10代後半で進学・就職等のために地元を出た若者の数と、20代で豊岡市に戻ってきた/新たに流入した若者の数を比較する、豊岡市独自の指標です。2015年~2020年の国勢調査に基づくと、豊岡市の若者回復率は平均35.3%で、失った若者の約3分の2は戻ってきていないことが示されました。しかも男女に分けて分析すると、男性の若者回復率が41.6%であるのに対し、女性は28.5%にとどまっています。若者が戻ってきていないだけでなく、特に若い女性が戻ってきていない事実が明らかになりました。

出典:豊岡市ホームページhttps://www.city.toyooka.lg.jp/shisei/chihososei/1006999/1019811.html
この差はなぜ生じるのか。この問いを突き詰めると、3つの壁が見えてきました。地方は、大都市に比べ経済的な魅力が弱い、文化的な魅力が乏しい。これらは、男性にも女性にも共通する壁です。現実は女性の流出が際立っている。そうだとすれば、女性にだけ上乗せされている第三の壁があるはずだ。そこでたどり着いたのが、ジェンダーギャップでした。
この気づきが、豊岡市の人口減少対策を変える、大きなきっかけとなりました。
長年、少子化の主因は、夫婦1組当たりの子供の数の減少だといわれてきました。しかし、全国的にも、そして豊岡市でも、子供を持つ夫婦は平均して2人の子供を産み育てており、この傾向は長年変わっていません。
こうしたデータを踏まえ解釈すると、豊岡市における少子化の本当の要因は夫婦が子供を持たないことではない。若者が流出し、結婚の機会が減り、未婚率が高まり夫婦の数が減っていることにある。この確信が持てた時、中貝さんらは人口減少への対策=ジェンダーギャップをなくし、若者にとって魅力ある豊岡を作ること、という構造がはっきり見えたといいます。
「やりようがない」から、「それならやれる」への転換
ここでとても印象に残ったのが、中貝さんが最初から人口減少対策に手応えを持っていたわけではない、という点です。ジェンダーギャップへの気づきが生まれる以前は、一般的に言われるように少子化の原因を出生率の低さだと考え、「子どもを産むか産まないかは夫婦の問題であって、行政が介入できることではない」「少子化対策はやっても効果が薄い」と感じていたのだそうです。
けれども、人口減少の構造をたどるなかで、課題の見え方が変わります。焦点を当てるべきなのは、個人の選択そのものではなく、若者、特に若い女性に「帰ってきたい」「ここで暮らしたい」と思ってもらえる地域をどうつくるかである、という確信を得ました。手の打ちようがないと思っていた問題が、「それならやれる、やる意義もある」と思える課題へと変わった。その転換こそが、豊岡市の取り組みの出発点だったのではないでしょうか。
経営課題としたからこそ動き出したジェンダーギャップ解消
ジェンダーギャップの解消は、しばしば人権の問題として語られます。一方、豊岡市では、地方創生との関係から、この問題に取り組む必要性を認識していました。ジェンダーギャップによる女性の流出が、地域経済や人口構造に影響し、これまでの取り組みの成果を押し下げてしまう。そうした現実を踏まえ、豊岡市はこの問題に別の角度から向き合い始めました。
では、どこから手をつけるのか。豊岡市は、ジェンダーギャップが表れやすい場のなかでも、まず職場、つまり企業から働きかけることを選びました。人口減少は、地域経済の縮小と人手不足を通じて企業の持続可能性を危うくします。「組織の将来をしっかり考えている経営者なら、納得して、活動に参画してくれる」という確信が、中貝さんにはありました。
多くの自治体ではジェンダーギャップ解消は男女共同参画の担当部署が担います。しかし、豊岡市では、地方創生と人口減少対策の前線で、多くの企業と接点を持ってきた環境経済部のUIターン戦略室がその役割を担い、このことが取り組みの持続可能性を高めました。
企業、経営者と共にジェンダーギャップ解消に取り組むにあたり、豊岡市が設置したのが「ワークイノベーション推進会議」です。あえてジェンダーギャップ解消を名称とするのではなく、「働きやすさと働きがいを高め、女性をはじめ多様な人材が活躍する組織づくりに取り組む」こうした建て付けをすることで、多くの企業にとって敷居の低い、ジェンダーギャップ解消への道筋を作ったのです。
連携の土台、持続可能な変化をつくるプラットフォームとしての「ワークイノベーション推進会議」
ワークイノベーション推進会議は、行政が一方的に呼びかける場ではなく、企業が参加しながら、働き方や人材活用のあり方を見直していくための枠組みです。2018年に17組織でスタート、2026年3月時点で131事業所が加わり、豊岡市も一参加組織としての位置づけです。経営者向けセミナー、人事担当者向けセミナー、女性のリーダーシッププログラム、さらに女性や若者の起業を支えるコワーキングスペースや相談窓口へと、取り組みは広がっていきました。ワークイノベーション推進会議を土台にしながら、企業同士が学び合い、刺激し合う。それによって、自社のジェンダーギャップ解消が地域のジェンダーギャップ解消につながり、自分たちのよりよい未来につながるという意識が広まっています。各社における具体的な取り組みが積み重なって、地域社会に確かな変化をもたらしています。
働き方と役割の見直しが、組織の変化を生んだ
講演では、実際に企業の現場で起きた変化も紹介されました。ある企業(鞄メーカー)では、品質の向上と不良を出さないものづくりを実現するためには、従業員の健康管理が重要であり、残業を削減する必要があると考えていました。
そこでまず、発注者に1年を通じた発注時期の平準化を要請して労働時間の平準化を図りました。同時に、それぞれのパートで専門職人が担当していた作業工程の標準化を図り、チームを組んでメンバー全員にすべての作業工程を取得させました。そうすることによって、誰かが急に休んでも替えがきくようになりました。
従業員は休みがとりやすくなるとともに、生産性が向上し、残業は月平均2時間まで減ったといいます。その過程で、改めて職場を見渡してみると、実質的にチームを支えていた女性たちに、役割に見合うポジションが与えられていなかったことに経営幹部は気づきました。人事制度を見直し、個別に登用を働き掛けた結果、管理職の54%が女性になったそうです。ここで大切なのは、この企業が最初から「男女平等」を前面に掲げていたわけではなかったことです。「なんとなく人が辞める」という悩みを持ちながらワークイノベーション推進会議に参加し、業務の合理化、人材活用、経営の効率化を進めた結果として、ジェンダーギャップの是正にもつながった。中貝さんは成功要因を、「曇りのない目で人材を見る」という言葉で表現していました。
深さと広がりで、ジェンダーギャップ解消を地域に広げる
豊岡市では2021年にジェンダーギャップ解消戦略を策定して以来、ジェンダーギャップ解消の取り組みは、企業だけではなく、教育、地域社会、家庭へとアプローチが広がり、「豊岡メソッド」として注目されています。講演では直接語られていなかったものの、ジェンダーギャップ解消においても豊岡市は、一流の専門家の知見に学び、支援を依頼し、世界標準のジェンダーギャップ解消のアプローチを取り入れています。これは世界につながる「広さ」と言えます。そして「深さ」の観点では、ジェンダーギャップ解消を推進するうえで、経営者同士の強い結びつきや、経営者たちの地域の未来をよりよくしたいという思いとつながることで、変化を広げていきました。ジェンダーギャップ解消においても、深さと広がりの両方が意識されていたのです。
ジェンダーギャップ解消を個人の意識の問題、抽象度の高い問題のまま扱うのではなく、具体的な対象や課題を決め、いちばん変化が起こりやすいところから着手する。こうした仕掛け方は、組織運営にも通じます。
リーダーとして、自分たちが向き合う課題を「扱いづらいもの」から「それならやれそうだ、やる意義がある」へと変えること。徹底して課題の本質に向き合うとともに、外の視点を取り入れて課題の構造を変えていくことが、未来をつくるうえで欠かせないものだと思いました。

未来を見据えて、構造を変える
講演では、ジェンダーギャップが女性のキャリアにもたらす影響や、男女の賃金格差といった社会経済的な課題も指摘されました。そのうえで講演の最後、中貝さんは豊岡市のジェンダーギャップ解消戦略の一節を紹介しながら、改めて未来を見据え、構造を変えることの重要性をお話しされました。
「結局、ジェンダーギャップという構造は極めて不公正で不平等です。のみならず、私たちの社会に様々な弊害をもたらしていて、極めて不都合です。とするなら、構造を変えよう。それが私たちの主張です。豊岡市のジェンダーギャップ解消戦略には次のように書いてあります。」
ジェンダーギャップの解消は、女性も男性と同様、社会的経済的な夢を持ち、悔いのない人生を送りたいと願う生身の人間であるという前提に立って、互いに尊重し支え合う社会を築き上げようとする未来に向けた取り組みです。
「女性であろうと男性であろうと、働きやすく働きがいを持てる職場をつくるというのがねらいです。さらにまちのことでいうと、男性であろうと女性であろうと、息苦しくなく、生きがいの感じられるまちをつくる。もしそんなまちが本当にできたとしたら、それこそが地方創生です。大きな魅力になって、人々を惹きつけるに違いないと思います。」
重要なことは、変えられない過去を否定することではなく、未来に向けて行動を起こしていくことです。私たちが行ってみたい、実現したいたいと思える未来を描き、ビジョンとして語ること。その未来を実現するためには、課題の本質を見極める視点と、多くの人が自分ごととして関われる構想の両方が必要なのだと、豊岡市の実践は教えてくれています。
講演では、この3回の記事ではお伝えしきれないほど様々なエピソードや中貝さんからのメッセージがお話しされました。中貝さんらの取り組みについて、もっと深く知りたいという方のために、書籍をご紹介します。
『なぜ豊岡は世界に注目されるのか』中貝宗治著/2023年/集英社新書
『豊岡メソッド 人口減少を乗り越える本気の地域再生手法』大崎麻子・秋山基著/2023年/日本経済新聞出版
第1回はこちら 未来をつくるリーダーシップ:豊岡の実践から見えてくる、ビジョンと課題設定の力
第2回はこちら 「小さな世界都市」実現のエンジン:コウノトリと演劇に学ぶ、ビジョンの育て方
第3回はこちら 若者に選ばれるまちをつくる:豊岡のジェンダーギャップ解消に学ぶ、構造を変えるリーダーシップ
京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。




