この記事では、当サイトを運営する株式会社ビジネスコンサルタントがご支援した、エア・ウォーター株式会社様におけるサステナブルビジョン策定/SDGs推進の取り組みについてご紹介します。
エア・ウォーター株式会社様(以下、AW社)は、産業ガス、ケミカル、医療、エネルギー、農業・食品、物流、海水、エアゾールといった多彩な事業を展開するコングロマリット企業です。社名に掲げるエア(空気)とウォーター(水)をはじめとする地球の恵みを、くらしや産業に不可欠の製品・サービスに変えて提供しています。たとえばAW社の代表的事業の一つ、産業用窒素は、地球上どこにでもある空気を冷却し作りだすものです。
AW社では2020年、経営幹部の強いコミットメントのもとSDGsに取り組むという方針を打ち出しました。株式会社ビジネスコンサルタントでは、約1年半のプロジェクトで、事業活動においてSDGsに貢献できている取り組みの現状把握、サステナブルビジョン策定、ビジョン実現のためのロードマップ・KPI作成をご支援しました。今回は、プロジェクトを推進された堤英雄さん(PJ取り組み時:エア・ウォーター株式会社専務執行役員SDGs推進担当、以下組織名・役職名は、プロジェクト実施時のものです)をはじめ複数の社員の皆さまにお話を伺いながら、SDGsやサステナビリティについての理解がどのように深まり、活動が広がったのか、プロジェクトを振り返りながらお話を伺いました。
「SDGsをやる」ための社外パートナー選び
経営方針を受け、さっそくSDGs推進室を設置、担当役員として堤さんが任命されます。経営企画や海外事業を担当されてきた堤さんにとって、サステナビリティは初めて取り組むテーマでした。
最初の1ヵ月ほどは、限られたリソース・人員の中で、何に着手すべきかを検討し、リサーチする期 間でした。SDGsに取り組むためには、自社内では専門性が足りないため、社外からサポートを受ける必要があると判断された際、コンサルタント会社には大きく二つの方向性があると感じられたそうです。一つ目が情報開示系。自社の取り組みを、SDGsというよりはESGにかなった観点で、ステークホルダーに適切に情報公開することをサポートしてくれるコンサルタント会社です。そしてもう一つが社内活動系。SDGsの社内浸透、社員の巻き込みを重視して取り組むコンサルタント会社です。
「当社の場合は、トップがSDGsをやると言っているので、社内活動を支援してくれるコンサルタント会社が必要だと考えました。また、情報開示を担うIRは他部署にその機能がありました。」
そこで、社員教育や、多くの社員の巻き込みをはかりながらサステナブルビジョンと実行計画策定に取り組むご提案をした、弊社ビジネスコンサルタントを、パートナーとして選択いただきました。
サステナブルビジョン策定に役立つフレームワークとは
さて、サステナブルビジョン策定の際、ビジネスコンサルタントがお示しするのはこうした考え方です。
・最初に、サステナビリティが実現されている究極のあるべき姿を描く(ビジョン策定、A:持続可能なゴール)
このとき、SDGsはあくまで取り組みの通過点と捉える。この将来のあるべき姿を起点としながら、
・現在の状況や、機会・脅威を分析する(B:強み/弱み、C:機会/脅威)
・取り組むべき課題の優先順位を見定め、具体的な計画に落とし込み、行動につなげる(D:優先順位)
これは、「戦略的で持続可能な発展のためのフレームワーク」に基づく考え方で、サステナブル経営に欠かせないバックキャスティングの発想そのものです。「2050年で温室効果ガスの排出量をネットゼロにする」といったサステナビリティに関する課題は、現在地を起点とするフォアキャストの発想・取り組み方では十分な成果を生み出せません。バックキャストでは、未来において実現したい姿をまず設定します。そして、未来から現在を見て、具体的取り組みを発案し、優先順位付けをして大胆なアクションにつなげます。「ビジョンや目標設定の前提を30年後とする」という決まりがあるわけではありません。ただ現在、多くの企業がサステナビリティに関するビジョンやゴールでは、パリ協定と同じく2050年での目標達成を掲げているケースが多くなっています。
2050年でのビジョン設定はステークホルダーに認められる企業として必要なこと
しかし、AW社でサステナブルビジョンを検討した2020年当時では、「サステナブルビジョンのターゲットは2050年とする」ということは、上場企業においても当然と捉えられていたわけではありませんでした。多くの企業が策定する中期経営計画は3年、長期計画でも10年までがほとんどです。SDGsの2030年をも通り越して、2050年の未来の姿を考える、となると抵抗感を覚える方が多いのも現実です。そのため社内での合意には時間を要しましたが、2050年を目指したビジョンを掲げることは、上場企業としてステークホルダーから認められるためには必要なことでもあると堤さんは言います。
「SDGsは2030年ですが、パリ協定は2050年。気候変動へのコミットメントではだいたい2050年を提示している企業が多い。『2050年なんて不確実な先のことを言っても受け入れられないのでは」と当初は感じましたが、そんなことはないという理解が進みました。」
ビジョン検討を通じて、自社の存在価値を再定義
AW社には、「地球の恵みを、社会の望みに」というパーパスがあります。ビジョン検討においては、このパーパスをヒントに、「地球の恵みとは何か」「社会の望みとは何か」ということでディスカッションを重ねました。それ以前は「社会の望み」とは、AW社の製品・サービスを使ったお客さまとその先の生活者に満足していただく、ということを意味していました。しかし、サステナビリティの視点で考えることで、この定義が大きく広がります。
「AW社の製品・サービスを使って喜んでいただくだけではなく、製品・サービスの提供を通じて我々の事業活動が、環境に良いことに取り組んでいる会社である、といったことを認めていただき、地域社会に受け入れられる会社になること」(堤さん)。そして、これが持続可能な経営の条件であると気づきが広がりました。
サステナビリティの課題を抜けもれなく捉えるためにFuture-Fitビジネス・ベンチマークを活用
このように幅広い視点でサステナビリティを捉えることに役立つのが、検討過程で活用したFuture-Fitビジネス・ベンチマーク(㈱ビジネスコンサルタントのWEBサイトにリンクします)です。
Future-Fitビジネス・ベンチマークには、「ビジネスが真にサステナブルな状態となる」ために達成しないといけない損益分岐ゴールというものがあります。AW社でもビジョン策定にあたり、損益分岐ゴール23項目の優先順位付けをし、マテリアリティの設定につなげています。この23項目には、エネルギー、環境(温室効果ガスや廃棄物の排出ゼロ等)、自然資源の利用、事業活動が影響を及ぼすコミュニティ、ステークホルダー、働く人々、ガバナンスなどが含まれます。自社のインパクトを、事業のバリューチェーン全体で見渡すことも求められます。
さらに、Future-Fitビジネス・ベンチマークは、ビジネスがサステナブルであるための条件を、環境分野の専門用語ではなく、ビジネスの言葉で解説しています。そのため、SDGsよりビジネスに紐づけて理解しやすいと感じる方も多く、自社の現状を把握し、取り組みを具体化するヒントに富んでいます。
環境・社会・人々のサステナビリティを目指すビジョン
こうして完成したエア・ウォーターグループのサステナブルビジョンがこちらです。
2050年エア・ウォーターグループの目指す姿
サステナブルビジョン
地球、社会との共生により循環型社会を実現する
・地球環境及び社会の変化に対応し、経済価値と社会価値を持続的に提供する
・企業活動を通じて資源循環型社会を実現し、環境負荷をゼロ、さらに地球環境を再生する
・地域社会、顧客から選ばれ続け、働く人々のWell-beingを実現する
※Well-beingとは、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあり、幸福であること(健康経営)に加えて、企業の中で多様な働き方や誰でも活躍できる場を提供することで、働く人々が生きがいのある人生を送っていること
AW社では、サステナビリティを環境だけではなく社会と人々の視点からも考えて取り組もうとしています。そして、CSRやフィランソロピーとしてではなく、あくまで企業活動として取り組むことを明言しています。また、もう一つ大事なポイントは、「環境負荷を低減する」ではなく、「ゼロとし、さらに地球環境を再生する」と、かなり踏み込んだ内容としていることです。
上場企業としてこのような公約を出すことは、難しい決断です。しかし、世界のサステナビリティ先進企業はこの「再生」という観点にすでに注目しており、イノベーションを進めるうえでも重要な着眼点です。
AW社のサステナブルビジョンには関連して、どのような社会を実現したいのかを5つの観点で示し、そしてそのために優先して取り組むべき、7つの成功の柱(マテリアリティ)が掲げられています。(AW社のWEBサイトにて、拡大してみることができます)
「脱炭素」「資源循環」「人と自然の共存」「スマート化」「健康長寿」これら5つの要素がつながりあうことで実現するのが、AW社がサステナブルビジョンに掲げた循環型社会です。
サステナビリティに関する世界や経済界の動きは早く、数カ月でもスタンダードが変化します。その変化を捉え対応することは重要ですが、サステナブル経営自体は、一時的なトレンドではありません。私たちは、ビジネスがサステナビリティに取り組むべき理由は、それが組織の永続につながるからだ、と考えています。サステナブル経営が実現すべきことは、環境負荷を下げ、ゼロにしていくことだけではありません。サステナビリティにかなった新たな事業・ビジネスモデルを実現し、価値創造することです。そのためには、社員の巻き込みが不可欠であり、組織としてサステナビリティを正しく理解した長期ビジョンや計画を打ち出すことが重要になります。
次回の記事では、AW社のように複数分野の異なる事業を擁する場合に重要な観点となる、サステナブルビジョンの事業部門への展開をどのように進めたのかをご紹介します。
Vol1. サステナブル経営の第一歩はビジョン策定。2050年を見据えたビジョンの考え方
Vol2. ビジョン実現につなげるために。社員参画をかなえるプロジェクトの設計&運営のポイント
Vol3. SDGs推進で職場が変わる!社員同士のつながり、やりがい、アイデア実践の成果とは
京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。