2019年に売れた本の一つ、『FACTFULNESS』(ハンス・ロスリング他、日経BP)。私たちは「ドラマチックすぎる世界の見方」をしがちで、そのために誤った世界の捉え方をしがちであること、そうではなく、正しいデータに基づいて現実を知り、意思決定し、アクションすることの重要性に気づかせてくれる書籍です。
この書籍では、「減り続けている16の悪いこと」のひとつとして、飢餓が挙げられています。90年~92年期と比較して、世界人口は19億人増えたにもかかわらず、飢餓人口は2億人以上減っています。
でも、実は今このトレンドに変化が起こっています。2015 年以降、飢餓人口は増加傾向に転換しました。具体的には、2018年の世界の飢餓人口は8億2100万人。世界人口の9人に1人です。増加の原因は、気候変動による作物の収穫減と紛争だというのです。飢餓は、収束に向かっている問題ではなく、今なお、持続的で革新的な解決策の創出が求められています。
飢餓ゼロに取り組む国連WFPの活動内容とは
飢餓ゼロをめざし世界規模の活動に取り組んでいるのが、国連WFP(World Food Program、国際連合世界食料計画)です。国連WFPは、毎年平均すると世界80カ国で9000万人に食料支援を行い、届けている食事数は126億食にもなります。
前回の記事では、国連WFPによる学校給食支援について、「システム思考の実践のお手本」の事例としてご紹介しました。国連WFPでは、ほかにも次のような活動を行っています(活動の詳細は、国連WFPのHPにあるのでぜひこちら https://ja.wfp.org/overview をご覧ください)。
緊急支援
紛争や自然災害の影響をうけて食料を必要としている人々に迅速に食料を届ける活動。日本では、2011年東日本大震災や2016年熊本地震において、テント等の物資を緊急支援しました。
母子栄養支援
飢餓の影響を最も受けやすいのは、母親と幼い子ども。子どもが母体に宿ってから最初の1000日(2歳になるまで)の栄養状態を改善するためのプログラム。
自立支援
地域住民が道路・灌漑設備・井戸などのインフラや生活基盤の整備や再建を行う。その労働の対価として国連WFPが食料を購入するための現金を支援する。これにより人々は食料を得ることができるようになるのに加え、地域の農業生産性が高まり自立につながる。
輸送・通信支援
国連WFPは5000台のトラック、20隻の船、70機の飛行機を日々動かしている。食料やその他の支援物資を紛争地や災害地に届けるための輸送手段の確保、物資の調達、通信手段の確保その他、人道支援機関においてとびぬけた知見を有しており、他の国連機関・NGOなどへのサポートも提供。
食料援助から食料支援へ、課題解決アプローチの転換
さて、国連WFPの取り組みについて学ばせていただく中で、ある記述に私は目が留まりました。
2000年代以降、国連WFPは支援のあり方を戦略的に見直し、「食料援助」から「食料支援」に移行しました。この二つはどう違うのでしょうか。食料援助は国連WFPの創成期からの支援のあり方で、食料が余っている国から食料難の国へ、余剰分を提供するというものでした。「飢えている人たちがいるから、食べ物を与えよう」という、一方向のトップダウン的なものの見方から生まれたと言えます。食料支援は対照的に、人々が長期的に必要としている栄養の内容を複合的に理解し、彼らのニーズに応えるため、最も有効な支援方法を決めていくものです。「援助から支援へ」の移行は、国連WFPの転換の中核をなすものです。国連WFPは世界最大規模の人道支援機関として、最前線の活動を永続的な問題解決に結びつけるために進化を遂げてきました。
(下線は筆者。https://ja1.wfp.org/food-assistance)
たしかに、先の記事でご紹介した「学校給食支援」も、お腹をすかせた子どもたちに食物を与える、という取り組みではありません。学校給食という仕組みを支援することで、社会にある貧困・飢餓・教育格差・ジェンダー格差といった問題を複合的に解決し、経済の発展、国の発展へとつながっています。
国連WFPが進める、テクノロジーとの協働①電子マネー
国連WFPは、支援活動のあり方を、時代に合わせどんどん変えています。私が驚いたことのひとつは、テクノロジー活用にとてもどん欲だということ。そして、援助から支援への戦略転換においては、テクノロジーを活用するからこそ、実現されている取り組みが多数あります。その一つは、電子マネーによる食料支援です。
従来は、国連WFPは実際の食べ物を、支援物資として受益者に渡していました。そこでは、「1人当たり何キロ」といった計算に基づき食料が渡されるため、個々の家庭の「本当は〇〇がもっと欲しい」といった要望への対応ができません。
チャージ式のマネーカードや、スマホ決済の仕組みなどを使って行われる、現金支給型の支援の場合、受益者は、自分が必要なものを、地元の商店で自ら購入できます。よりバライエティに富む食材を選ぶことができ、好みのものを料理し、食べることができる。人間としての尊厳を保つことにつながります。地元の商店には、国連WFPの支援金を使える店になってもらい、店がそれぞれ、地域のニーズに合わせて、食料を調達します。国連WFPから直接支援を受ける人々だけではなく、地域経済の活性化にもつながる仕組みです。
国連WFPが進めるテクノロジーとの協働②自動運転の輸送トラック
テクノロジーという点で注目したいのは、今話題の自動運転。こちらも実用化を目指し開発が進んでいます。 (https://innovation.wfp.org/project/self-driving-trucks 英語の記事です)
このプロジェクトは、国連WFPとドイツ航空宇宙センターとが提携し、プロトタイプ作りが進んでいます。国連WFPが物資を届ける先は、紛争地や災害地。物資を早く確実に届けたいのですが、物資を届けるドライバーにも、怪我や命の危険が伴います。自動運転の技術は、シリコンバレーの企業によってかなり開発が進んでいます。ただ、国連WFPが支援を届けに行く先は、悪路であったり、過酷な自然環境であったりするため、より高度なセンシング技術、アルゴリズムの開発、そして通信技術が必要になるそうです。
ずれない課題解決のためにもっとも大事なこととは?
一方で、興味深いのは、「テクノロジーは新しければよいというものでもない」ということ。物資を届けるのにはトラックが欠かせません。国連WFPのトラックには、日本製が多く使われているそうですが、あえて1世代前の技術で作られたものが使われているのだそうです。その理由は、最新の電子制御された車だと、アフリカなどでは故障しても現地のエンジニアが修理ができないからです。
この、新たなテクノロジーの導入と、あえての古いテクノロジーの活用からは、「自分たちが届けたいサービスの現場」のことを、ちゃんと見て、考えているか?ということを問いかけられていると私は感じました。国連WFPは、支援を受ける人々の日々の暮らしの現実と、支援を届ける人たちの困りごとや障害、両方をつぶさに捉え、解決策を追求しています。それが戦略の転換や、イノベーションにつながっているのではないかと、考えさせられました。
次回は、私たちが、企業として、個人として、国連WFPの活動とどうつながれるのかについて、おとどけします。
第1回 「食べられる」が平和をもたらす!国連WFPの学校給食支援をシステム思考で分析&解説
第2回 国連WFPに学ぶ、DXによるこれからの社会課題解決:テクノロジーを味方にするカギは深い現場理解
第3回 SDGs実践・浸透に向けて:ビジネスは世界の課題解決とどうつながれる?国連WFPのケース
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京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。