Good Business Good Peopleでは、
これまでご縁をいただいている国内外の専門家の方々に、
新型コロナウイルスがもたらす困難や不安にどう対処し、
大きく変化するであろう未来の社会にどのように備えるべきか
を考えるヒントを伺いました。

前回は、サステナブル経営を正しく導くためのツール、Future-Fitビジネスベンチマークの開発・普及に取り組むマーティン・リッチ氏のメッセージをご紹介しました。サステナビリティの明確な基準を持つことは、危機対応にも危機後の組織作りにも有効です。

コロナ禍のあとの社会では何がどう変わるか?組織は何を変えるべきか?リーダーとして何に配慮し、決断すべきだろうか?考え始めている方も多いと思います。

クリストファー・ウォーリー博士

第3回目は、組織開発を代表する研究者、クリストファー・ウォーリー博士です。ウォーリー博士は、長年にわたる組織開発の実践と研究から、「持続可能性が高い組織は、計画的に組織変革を実施しているのみならず、変化に素早く対応する柔軟性を備えている」ことを明らかにしました。そのような特徴を備えた組織を「アジャイル(機敏)な組織」と言います(アジリティについてはこちらの記事もご参照ください)。
今回は、このアジリティ(機敏性)という概念を鍵に、危機対応と危機からの回復における、リーダーシップの役割について考察します。

COVID-19がもたらした、リーダーシップのための二つの教訓

この大変な状況の中、あなたやご家族、ご友人が健康で安全に過ごしていらっしゃることを願っています。COVID-19の危機やパンデミックがリーダーシップや変革に及ぼす影響について、皆さまにお伝えする機会をいただき、感謝いたします。

COVID-19の危機の間に世界中で起こった出来事と、その中でリーダーや政府、組織が果たした役割を振り返ってみると、アジリティ(機敏)であることが組織の優位性につながることがより明確になると信じています。アジャイルな(機敏な)組織は、パフォーマンスに有利な結果が得られる時と場所において、タイムリーで、効果的に、持続的に変化できる力を持っています。そして、COVID後の経済がどうなるかを考えると、アジリティ(機敏性)とは何であるかという問いがたくさん出てくるかもしれません。ただ、今すぐにでも組織がアジャイルになる取り組みを始める必要性があることに、ほとんどの方は異論がないでしょう。

これまでとこれからを考えてみると、大切なリーダーシップの教訓は2つあり、どちらもアジリティの重要な部分を示していると思います。1つ目の教訓は、緊急事態に対する覚悟と準備がスピードよりも重要であることです。2つ目の教訓は、中央集権化と権限委譲の両方がともに効果的であり、なおかつそれはマネジメントする必要があることです。

短期的な成果と効率を重視しすぎる組織の弱点

パンデミックの前には、アメリカをはじめ世界の国々の多くが効率を上げて利益を最大化することに全力を尽くしていました。このような方針で動いていた組織では、所得の不平等に加担しているという問題点はあるものの、財政的にはうまくいっていました。ここで重要なポイントは、効率重視のアプローチがシステムに染みついているため、どこか一箇所が破綻すれば全体が崩れてしまう可能性があるということです。効率を優先すると、短期的な業績につながらないものは視界の外に置かれ、ぼんやりとしか認知されません。これは知恵にもとづいた経営とは言えません。自分たちの将来を犠牲にすることで成り立っていたものであり、とりわけ地球温暖化が加速する現在では、間違ったアプローチです。

コロナウイルスは、システム全体を破壊するものとなり、私たちの大部分が準備不足のまま危機にさらされました。私たちが研究してきたアジャイル組織から学べることは、準備をしておけば迅速に行動することができるということです。パンデミックがそこまで来た時、ほぼ全ての人が迅速に対応しました。しかし、違いがあるとすれば、その対応策が効率的で、効果的で敬意のこもったものであったか、それともそのようなものでなかったか、です。

必要なことは準備、たとえそれが一見非効率だとしても

準備をしてのぞめば、目的と正確性をもって効率よく迅速に行動することができ、人びとに敬意を払いながらリードすることができます。準備ができていないと、ただただ速く行動することを強いられますが、これは効率が悪く、後手後手で、はっきりいって道徳的でもありません。危機管理どころか、資源の浪費、人命軽視につながります。最前線で戦っている医療従事者の現状を見ていても分かるように、速く行動することを強いられるような事態は、リーダーシップの欠如をあらわしており、その負担を私たちが負うことになるのです。緊急事態に対する準備には時間がかかり、効率がいいとは言えませんが、逆境の中で人類を守ることができるという利点があります。

中央集権と権限委譲はどちらも正解、ただしきちんとマネジメントされていれば

2つ目の教訓として挙げた、「中央集権と権限移譲はどちらも効果的だが、それは、マネジメントをする必要がある」というのは、スピードの問題に対処するということです。

パンデミックが広がるにつれて、自社や経済に影響が出てくることをリーダーは理解するようになりました。ウィルスの打撃を受けた組織や政府は中央集権化、あるいは権限移譲を進めました。これらのアプローチはどちらも、正しく理解し、設計されていれば迅速に機能します。

中央集権化された組織の意思決定は、はっきりした方向性を人々に知らせることができます。競合するような発言はなく、雑音もなく、ただ明快な行動を促す呼びかけがあるだけです。中央集権型のリーダーシップは、昔からあるパワフルなものであり、潜在的には効果的なリーダーシップ手法です。とりわけ危機的状況においては、意思決定がトップに任されることで、組織や政府が迅速に行動できます。調整の要る作業も統制できますし、人々の行動を制限することもできます。ただし、このアプローチはフォロワーの成熟度にも依存します。指令が実行されるスピードは、フォロワーの意欲とリーダーシップへの信頼の度合いで変わります。

権限移譲には明確な線引きが必要

しかしながら、権限移譲も効果があります。パンデミックが家庭にも影響を与え始めると、中央集権的な統制がなくても、分野の壁を越えてマスクの製造がはじまりました。ニーズは明確で、資源は利用できる状態でした。人々が「私たちは誰なのか」に基づいて行動できることを知っていれば、驚くほど的確で迅速なアクションが可能になります。生産と調整のガイドラインが明確であれば、権限移譲のアプローチもうまく機能します。

対照的に、線引きのされていない権限移譲はカオスです。米国では、連邦政府が各州にパンデミック対策を指示しました。それ自体は米国人のアイデンティティと完全に一致するような、権限移譲の非常に明確なメッセージでした。しかし、権限の線引きはされないままだったため、各州は、ゲームのルールについての理解や信念を共有できませんでした。そのため、州同士が個人用保護具(PPE)や検査キットを取り合い、またソーシャル・ディスタンスのガイドラインをめぐるばらつきが生じました。その結果、行き過ぎた多様性、高すぎるコスト、非効率的な資源の割り当てという事態が引き起こされました。

ウォーリー博士が抱く二つの期待

先を見据えた時、私は2つの期待を持っています。1つ目はリーダーと組織がこれらの教訓をしっかりと受け止めることです。彼らは前もって考え準備するという、時には面倒な仕事に着手するでしょう。それが「考えられないことが起きた場合に何をするか」を話し合うことなのか、それともシステムの中に資源の余裕を持つことなのかはわかりませんが。彼らはまた、危機的状況下で中央集権化を選択するのか、それとも権限委譲を選択するのか、その選択の意味合いについても考えるでしょう。

2つめの私の期待は、大勢のリーダーが危機の後の世界への希望を表明するようになったことです。今までよりも敬意と思いやりにあふれた、より人間らしい社会と経済が現れることへの希望です。シンボリックな役割をとるリーダーには、そのような発言をする義務があります。私たちが信頼に満ちた未来を描くためには、尊敬できる人たちが必要です。そういう人たちが、辛い日々を過ごすのを助けてくれます。

ここで間違いを犯してはなりません。テレワークへと移行する中で得た教訓を生かすつもりのない組織は、危機が去った後、またオフィスに戻って仕事をするようになり、今まで通りの古い行動が復活するでしょう。長期的な成功を望む企業は、「正常に戻る」まで待ってはいません。テレワークへの移行から得た教訓を集め、それがビジネス・モデルをどのように補完できるかを把握し、人々の扱い方や仕事のやり方に統合しようと考え始めています。ゴール設定、仕事の管理、人々の動機づけ、情報の共有などをどうするか、熱心に検討するでしょう。この衝撃と動揺から学ぶべき力強い教訓があります。私たちは今、アジリティ、危機に対する準備、そして権限移譲について考えることを始めなければなりません。(2020年4月にクリストファー・ウォーリー氏にいただいたメッセージを、株式会社ビジネスコンサルタントが翻訳しました)


【クリストファー・ウォーリー博士】
組織効果性センター シニア・リサーチ・サイエンティスト
ペッパーダイン大学グラツィアディオ経営大学院 組織セオリー・マネジメント教授
組織開発、アジリティ、組織デザイン分野が専門。アカデミー・オブ・マネジメント、組織開発と変革分野の前チェア。NTLやODネットワークといった、組織開発と変革に関するコミュニティで中心的に活動する研究者の一人。著書は、『The Agility Factor』『Becoming Agile』『Management Reset』、ベストセラーとなった『Built to Change』など。共著『Organization Development and Change(組織開発と変革)第7版』は、組織開発の最先端の教科書とされている。応用行動学ジャーナル誌ダグラス・マクレガー賞(2012年)など、さまざまな受賞歴。
コンサルティングの顧客は、ハイテク産業、変化の速い消費財分野、航空宇宙・防衛分野、ヘルスケア業界、金融サービス業界、小売業界、公共セクター、天然資源業界など多岐にわたる。

【世界の専門家に聞くwithコロナ/afterコロナ】
① 「感謝」による新型コロナウイルス危機への対処 byキム・キャメロン博士(ミシガン大学教授)
②afterコロナに存在意義を示せるビジネスであるために byマーティン・リッチ氏(Future-Fit財団共同設立者・エグゼクティブダイレクター)

③持続する優位性を持つ組織の特徴、アジリティ by クリストファー・ウォーリー博士(ペッパーダイン大学教授)本記事

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