何かを得るために他のものを犠牲にするという意味の、トレード・オフという言葉はご存知だと思います。例えば企業経営においては、利益を増やすために廃棄物をさらに多く排出し環境に負荷をかけるということが当てはまります。従来はこのような考え方が主流でした。ところが、これからのビジネス戦略には、何も犠牲にしないトレード・オンが必要だと語る人がいます。
一般社団法人NELIS代表理事のピーター D.ピーダーセン氏です。トレード・オンとはどんな概念なのでしょうか? そして、どうやって実現すればいいのでしょうか? 壇上に立ったピーダーセン氏は、「行動を加速させていかなければいけない時代に、我々は生きている」と、流ちょうな日本語で語りはじめました。
2019年4月23日に、株式会社ビジネスコンサルタントが開催した「SDGsが導く社会と経営のリデザインを考える~SustainOnline日本発売記念イベント~」。今回は、ピーダーセン氏のトークセッション「SDGsは『考える』から『行動する』時代へ―これからの戦略は『トレード・オン』―」から、企業が成長していくためのポイントをお伝えします。
第1回SDGSが導く社会と経営のリデザインとは?_世界のリーダーはサステナビリティをどう捉えているのか
日本でサステナビリティの普及に尽力してきたピーター・ピーダーセン氏
デンマーク生まれのピーダーセン氏は、すでに28年日本に滞在し、サステナビリティ(持続可能性)の普及に取り組んできました。1984年にはじめて日本に高校の留学でやってきた際には、「日本人の一生懸命さや思いやりに心を打たれ、この国には大いなる可能性があると感じた」そうです。(ピーダーセン氏のウェブサイトhttp://www.pdplab.jp/about/index.htmlより)
1995年からは中小企業向けの経営セミナーや国際シンポジウムの開催に従事。2000年には、環境・CSRに特化したコンサルティング会社を、日本国内でいち早く設立しています。そこで企業や大学、官公庁など、数多くのサステナビリティに関わるコンサルティングを行ってきた実績があります。
現代を特徴づける4つの「変革ドライバー」
ピーダーセン氏は、「SDGs戦略研究会」(アミタ株式会社主催)のコーディネーターをつとめ、書籍『SDGsビジネス戦略-企業と社会が共発展を遂げるための指南書-』も執筆しています。いわばSDGsをビジネスにつなげる専門家のピーダーセン氏。彼はSDGsを、社会の変革を加速させる4つの「変革ドライバー」のひとつに位置付けています。
顧客の新しい価値観
ミレニアル世代(1980年代から2000年代生まれ)以降に広まっている、環境・社会に配慮した商品やサービスを求める価値観のこと。ピーダーセン氏は、この世代以降を「サステナビリティ・ネイティブズ」と捉えていて、環境や社会のことを考えるのは当たり前という意識を持つ人が世界中で増えているそうです。さらにピーダーセン氏によると、企業間取引においても「BtoCのみならずBtoBの世界でも、サステナビリティに取り組まなければ、もはや取引ができないような基礎的な条件設定に入っている」そうです。
パリ協定
2015年にパリで開催されたCOP21で合意された、2020年以降の地球温暖化対策についての国際的な枠組み。「低炭素化ではなく、脱炭素化を今世紀半ばまでにどう実現するか、というベクトルが強力に設定された」と、ピーダーセン氏は説明しました。
ESG投資
企業の財務情報に加え、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素を重視して行う投資のこと。日本では2015年ごろから盛り上がり始めた。
SDGs
持続可能な世界をつくるために、国連が定めた2030年までの開発目標です(関連記事はこちら)。ピーダ―セン氏は、SDGsを〝他の3つの変革ドライバーをまとめるもの″であり、〝人類共通のアジェンダ″ととらえているそうです。環境が危機的な状況で、地球が持続可能ではない状況に差し掛かる今、「人類の一種の免疫機能の反応としてSDGsがまとまったととらえています。そこに一つ希望を託すことにしたい」(ピーダーセン氏)
サスティナブルな発展を目指す企業がとるべき成長戦略は「トレード・オン」
企業としてやるべきことは、これら4つの変革ドライバーを、社内のイノベーション・ドライバーに転換することです。ピーダーセン氏はいくつか興味深いモデルを紹介してくれました。その重要なキーワードのひとつが「トレード・オン」です。
トレード・オンは以下のような図でしめされます。
社会的価値・環境的革新性と企業価値(発展可能性)のどちらか一方を高める戦略はトレード・オフ(二律背反)です。従来の企業は、自らの価値のみを追い求める右下の領域を目指すことが多かったと思います。例えば製造業であれば、とにかく多くの製品をつくることを最優先し、環境を汚染する廃棄物の排出量が増えるのは仕方がない、といった考え方がこの領域にあたります。ところがこれからは、右上の環境や社会の価値向上にも役立つ戦略が必要です。
とはいえ、利益を得なければ存続できない企業が、その価値を高めつつ環境・社会の価値も同時に向上させるということが可能なのでしょうか? もちろん可能だからこそ、ピーダーセン氏はトレード・オンを経営戦略に据えることを推奨しています。
トレード・オンを実践するキングフィッシャー
トレード・オンの実例として「究極の目標を示している」とピーダーセン氏が紹介したのが、キングフィッシャー(Kingfisher)です。キングフィッシャー(本社、ロンドン)は、創業1982年のDIYの国際小売企業グループ。現在は欧州を中心として10か国に1300店舗以上を展開。総売り上げ1兆6千億円(2018年度)という巨大グループです。
キングフィッシャーの「ネット・ポジティブ」とは?
2012年、キングフィッシャーは2050年までの達成を目指す「ネット・ポジティブ(net positive)」というサステナビリティ目標を打ち出しました(リンクは英語のみです)。これは、企業として良くないことを少しずつ減らしていくのではなく、環境や社会に対し徹底的にいいことだけをしようという目標です。この目標が、様々なイノベーションを引き出し、トレード・オンを実現する旗印になっています。
「ネット・ポジティブ」の4つの観点
- キングフィッシャーのすべての製品は、より持続可能でネット・ポジティブなライフスタイルを可能にする
- キングフィッシャーのすべての店舗と顧客の住宅が、ゼロ・カーボンを実現し、消費するより大きなエネルギーを生み出す
- キングフィッシャーが使うよりも広い面積の森林をつくる
- キングフィッシャーのすべての店舗と事業所が、地域コミュニティを作ること、あるいは住民がそのためのスキルを身に着けることを支援する
この目標実現に向けて、キングフィッシャーは2017年には「サスティナブル・グロース・プラン」(リンクは英語のみです)を発表しました。同社は、顧客の自宅を訪問、詳細なインタビューをともなう調査を2年にわたり実施したそうです。つまり、顧客がどのような暮らしを実現したいと考えているのかについての深い洞察に基づいて、定められた戦略と言えます。このプランでは、2025年までに達成すべき、4つの大目標と12の具体的なターゲットを定めています。ここからは、同社が、サステイナビリティをイノベーションと成長のドライバーとして、事業活動に取り組んでいることが読み取れます。
サスティナブルな取り組みで、企業価値を向上
現在までの成果の一部を紹介すると、
- 木材と紙製品は、FSCやPEFCなどの国際的な森林管理の認証を取得したものやリサイクルされたものを調達し、その割合を97%(2019年現在)にまで向上
- エネルギー効率が良く、有害な化学物質を含まず、持続可能な材料を使用しているような製品「サステイナブル・ホーム・プロダクツ」の売り上げが増加し、2018年度には全売り上げの32%に(2020年の目標は50%)
キングフィッシャーが年間に調達する木材はスイス1国分の面積に匹敵するほどなそうです。 それが、森林減少に加担しないことを決め、「ネット・ポジティブ」という壮大な目標のもと、トレード・オンの先頭を走る企業となっています。
次回は、Well-beingという考え方を通じて、SDGsやサステイナビリティが私たちの幸福と密接に結びついているという、同志社大学大学院ビジネス研究科教授、飯塚まり氏のお話をご紹介します。
第3回 サステナブルな社会づくりのカギは、私たち自身の“幸せ”_同志社大学飯塚教授に聞く
サステナビリティを戦略に取り入れたい、イノベーションを起こしたい、と考える方にお勧めしたいのが、サスティナブル経営を支援するWEBプラットフォームのSustainOnlineです。サステナビリティの共通言語化をスピードアップし、自社の取り組み状況の分析もできるツールです。
大学院修了後、沖縄電力株式会社に勤め火力発電所で技術職として働く。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業しライターとなる。人がより良く生きるための環境や教育、働き方などに関心があり、経済誌『Forbes JAPAN』では、SDGsに関する記事を執筆。自身のウェブサイト「おばあめし」で、高齢の祖母と料理のエピソードを綴るhttps://obaameshi.com/ 京都造形芸術大学文芸表現学科非常勤講師