サステナビリティに向けた取り組みについて、始めてみたからこそ直面するお悩みを伺うことが増えてきました。「担当部署だけが推進していて、社員全体に活動や理解が広まらない」、「『コストをかけてなぜ取り組むの?』、『自分には関係のないことと』などと思っている社員も少なからずいる」、…など。そうした場合、いきなり経営とサステナビリティについて話をする前に、「食」や「暮らし」といった身近な話題から始めてみるのがお勧めです。そこで今回は、「魚から考えるサステナビリティ」についてご案内します。
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イオングループ系列のスーパー、CO-OPなどで買い物をされる方は目にすることがあるのではないかと思います。これは「海のエコラベル」といって、持続可能な漁業で獲られた魚であることを保証するものです。なぜ今、資源としての魚の持続可能性を問題視する必要があるのでしょうか。口にする魚が、天然か養殖かどうかは気に掛けても、持続可能な漁業で獲られたのかどうかまで考えたことは、私自身ありませんでした。
「日本のことだから資源管理はきちんとされているはず」と思い込むのではなく、本当はどうなっているのかを知りたくなりました。そこで、日本で海のエコラベル普及活動に取り組む、MSC日本事務所の牧野さん、鈴木さんにお話を伺いました。
MSCとは
MSCとは、Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)の頭文字をとったものです。設立は1997年、本部はイギリスにあり、責任ある漁業を推奨する独立した非営利団体です。MSCの目的は、減少傾向にある水産資源を回復すること。将来の世代も水産資源の恩恵を受けられるように、世界中で魚の乱獲・獲り過ぎをなくし、持続可能な漁業への変革を促すために活動しています。具体的な活動は次の二つです。
①漁業の持続可能性を評価する認証制度(「MSC漁業認証」)の設計と運用
②その認証を得た魚のトレーザビリティを確立し、消費者まで確実に流通するための規準(CoC規準)づくりと運用
生産地からも食卓からも、日本は魚の流通経路が目に見えにくい
鈴木さんは、4年前からMSC日本事務所にスタッフとして加わりました。 もともと東京育ちでしたが、関西の大学に在学中、1年間住み込みで三重の定置網漁業に携わりました。そこでは都会のスーパーで見たことのない、たくさんの種類の魚を目にしました。「この魚たちは、いったいどこへ行くのだろうか」という疑問から、魚の流通を深く知りたいと考えるようになり、普通なら大学院で研究を…となるところでしょうが、あえてその選択はせず、築地に就職しました。セリ人として築地で8年間働きながら、「こんな小さな魚を獲ってしまうなんてもったいない。あと2~3年海で泳がせておけばよいのに。」と思う場面に多々遭遇したそうです。「こういう魚の売り方をしていたら、20年後には仕事がなくなってしまうのではないか…」。働いているうちに鈴木さんは水産資源の持続可能性に問題意識を持ち始めました。何かアクションするならまず勉強しなくてはと思い、築地での仕事を辞めて大学院に入りました。それと同時にMSCに転職しました。そうしたキャリアを持つ鈴木さんの強みは、「環境の専門家のことばではなく、漁師さんのことばで持続可能性のことを話せる」こと。水産資源の持続可能性を高めるMSCのスタッフとしてはまさに、「うってつけ」のキャリアをお持ちです。
日本で獲れたサバを日本人は食べていない!
鈴木さんによると、「日本近海でとれるサバはどんどん小型化しています。小さいから売れないので、アフリカなどに70~100円/㎏で売っています。日本人が食べるサバは、ノルウェーなどから250~500円/㎏で輸入する、こんなことが続いています。」獲れる魚が小さくなってきた・・・これは資源量低下を示す兆候なそうです。
(図:MSC日本事務所資料より)
小さい魚は市場でも安い価格にしかなりません。漁業者は収入が減少してしまうためより多く獲ろうとし、さらに資源状態の悪化を招いてしまいます。魚屋は良い魚を売れなくなり、消費者としても、脂ののったおいしい魚を食べられなくなってしまいます。さらに収入に結びつかないので、これから漁業をやろうという人材も不足してしまいます。システム全体を見て悪循環を断たないと、本質的な問題解決にならない…ビジネスの世界でも似たようなことが多々発生しているように思います。
サバと同様の資源状態にある魚は近年、日本近海で増えています。日本で食べられている魚は約1000種、そのうち築地市場に出回るのが約400種、そして水産庁による資源管理の対象となっているのが52種です。この52種のうち、資源が高位なのは19%しかなく、中位、低位がほとんどを占めます(「図で見る日本の水産」水産庁2015年)。
天然の魚が足りないなら、養殖すればよい!?
最近では養殖の技術が高まっているという話も聞きます。天然魚が減っているなら、その代わりに養殖魚を食べればよい、でも、この考え方も問題があると鈴木さんは言います。「魚の養殖と畜産の最大の違いは、畜産の牛や豚は草を食べます。でも魚は魚を食べます。例えばクロマグロを1キロ太らせるのに約15キロ、サケなどで約3キロの餌が必要です。養殖の餌は多くを天然に依存していますから、魚がいなくなったら養殖に切り替えればよい、は全くのウソです。」鈴木さんは知り合いのマグロ漁師さんから聞いた話として、こんな話を紹介してくれました。「ケープタウン沖では、以前は脂ののったマグロが獲れていましたが、最近は赤身ばかりになっているそうです。獲れたマグロの腹を割っても餌が出てこないそうです。同じ海域で、巻き網で養殖用に大量の小魚を獲っており、マグロの餌が不足していることが要因と考えられています。」本来南の海でマグロが食べるはずだったイワシが、遠く地球の反対側に運ばれて養殖魚の餌になり、その魚が日本に輸入されている…。複雑な問題で、どうしたら良いのか分からない、という気持ちにさせられます。
現実を知って、サスティナブルな選択をする
日本ではまだ十分な選択肢がありませんが、やはり私自身は、一消費者として、選べるなら海のエコラベルの付いた魚を食べるようにしようと思いました。知らずに食べていることで、知らないうちに持続可能性を下げてしまう選択をしてしまっているのです。今ではさまざまな分野で持続可能性に関する認証制度が作られていますから、暮らしの面でもビジネスの面でも、それらを意識的に選択することができます。ただ、なんでも認証さえついていればよいというわけではありません。その信頼性はとっても重要です。MSCの場合は、次のような観点で、認証制度としての信頼性を高めています。
①科学的な根拠に基づく評価基準づくり
MSCには「資源の持続可能性」「漁業が生態系に与える影響」「漁業の管理システム」この3つの原則に基づいた評価基準があります。
そのうち最も重視しているのは、「水産資源の持続可能性」です(他の認証では、労働環境などを重視するなど、重点の置き方が変わります)。そして科学的な裏付けを重視しており、さらに国連等の持続可能性に関する国際基準を満たしています。
②厳格でオープンな認定の体制
・MSCはあくまで評価基準を定める団体で、認証機関は他の独立した組織です。さらにその認証機関が正しい認定を行っているかを監査する認定機関も置かれています。
・漁業認証には1年~1年半ほどを要しますが、そのプロセスは公開され、透明性の高い審査が行われます。審査チームは現地を訪問し、漁業者らと直接ヒアリングをします。審査チームが出すレポートはさらに専門家による外部査読もなされます。
③エコラベルの誤表記の防止
市場に流通する製品へのDNA検査も定期的に行い、99%間違いがないことを確認しています。
つい先ごろも、クロマグロの国際的な規制が導入された際、他国から日本の食文化を否定されているような抵抗感を抱いた方も、いらっしゃるかもしれません。でも、水産資源管理とは、「資源が減ってしまったからとにかく獲らない!食べない!」と押し付ける話ではありません。「小さいお魚は大きい魚の子供だから、大きくなるまで待ってから食べよう」、「今は資源が少ないからしばらく獲るのを我慢しよう。捕獲できるレベルまで回復したら、適切な量だけ獲ろう」、「それぞれの魚がどんな資源状態なのか正しく知って、今食べるべき魚を食べよう」、…という考え方であることに気づきました。知ることで選択も行動も変えられる、水産資源管理にもビジネスにも共通することではないでしょうか。
【補足】
MSC日本事務所ブログでは、認証制度について、仕組みや取得方法、海外や国内外での取り組みについて豊富な紹介がされています。
http://msc-japan.blog.jp
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サステナビリティへの一歩は「知ること」_海のエコラベルMSC認証②
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京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程修了。専攻は文化人類学、クロアチアで戦災からの街の復興をテーマにフィールドワークを行う。
株式会社ビジネスコンサルタント入社後、企画営業・営業マネジャーを担当。現在は同社の研究開発部門で、環境と社会の両面でサステナブルな組織づくりにつなげるための情報収集やプログラム開発等に取り組んでいる。Good Business Good Peopleの中の人。